気がつくと目の前に彼女がいた
「大丈夫?」
どうやら彼女と話をしている途中でブラックアウトしてしまったみたいだ。
彼女との会話は記憶から抜け落ちていた
彼女は驚いた様子もなく僕を見ていた。
きっと何度も同じようなことがあったんだろう
なのに僕は覚えていない。
それが悔しかった
彼女に気持ちを伝えなくては。
明日の僕にはできないことだから
「僕は明日にも全ての記憶を失うかもしれない。
だけど僕が君を愛したことだけは絶対に忘れないから」
彼女は驚いたように目を見張っていたが、
やがて「ありがとう」と悲しげな笑顔を浮かべた
意識が戻る。
目を開くと二人の女性の顔が見えた
一人は彼女だった。
良かった僕は彼女を覚えてる
もう一人は僕たちよりも、
ふたまわりほど年上であろう綺麗な女性だった
おそらく知り合いであることは間違いないのだろうが、
何も思い出すことはできなかった
「この人が誰なのか分かる……?」
彼女の問いかけに
僕は虚しく首を振ることしか出来ない
「あなたとすごく関係の深い女性よ。
頑張って思い出して」
彼女の言葉で一つの可能性が頭をよぎる。
だけどそれは絶対に信じたくなかった
「まさか……母さん?」
彼女が何か言おうとしたが、
それを女性が抑えるようにして口を開く
「……ええ、そうよ」
女性は眼に涙をためながらも
嬉しそうに微笑んで僕の手を握った。
女性……いや母さんの手は温かかった
「母さんごめん。僕、母さんの顔も……」
僕の謝罪の言葉を聞くと
母さんの笑顔が徐々に崩れて、
ついにはわっと泣き出した
「ごめん」
僕は謝ることしかできなかった
「違うわ。あなたが覚えてくれていて嬉しかったの」
涙を拭いながら話すその言葉通り、
顔をあげた時にはすでに笑顔に戻っていた
その顔は、
なぜか顔を曇らせている彼女に
どことなく似ている気がした
それがまた僕を不安にさせた。
何か大切なものを失った気がしてならなかった
ただ僕にはそれが何なのか知るすべはなかったし、
その必要もなかった。
どうせ彼女のこと以外は忘れてしまうのだから
【解説】
彼女は娘
語り手は父親
母親は妻
妻と娘だから二人は似ている。
語り手は父親になっているが、
記憶障害のためか自分を娘と同じくらいの年齢だと思っている。
自分を娘と同じくらいの年齢だと思っているため、
前半と後半で長い年月が経っているように思うのだが、
そうなると語り手は長い間意識を失っていたか?
そうなると娘はいつできたのだろうか?
意識を失う前?
ただ何度もブラックアウトしているみたいなので、
もしかしたら二重人格の類なのかもしれない。
自分に意識がないところで
自分の身体が使われているってどういう気分なんだろうか…
仮に二重人格だとしたら
彼女は意識が戻った時の語り手を愛していたとか?
なので、
いつか意識を取り戻してくれると信じて
別人格と一緒に生活していた…。
そう考えるとそうやって生活してきた彼女はすごい…