六月某日、僕は交通事故で死んだ。
紫陽花に雨粒が散るきれいな日だった。
「これは……死んだんだよね…?」
自らの右手を見ながら僕は呟いた。
特には透けて見えたりとか変わったところはない。
誰にも気付かれないし触れない点を除いて。
触ろうとしても空をつかむばかり。
泣くお母さんにも、
身体を震わせて悲しむお父さんにも触れない。
話しかけても気付かれない。
ただその様子をそばで眺めることしか出来ない。
「これは……」
お父さん、お母さん、僕はここにいるよ。
泣かないで。
まだここにいるから。
僕が必死に叫んでも誰にも声は届かない。
涙をこぼしてもすぐにその水滴は消える。
まるで存在していなかったかのように。
雨粒ですら残るのに。
僕の跡はどこにも残らない。
やがて仲のよかった友達が次々と家を訪れる。
「ねぇゆりちゃん……」
一人で来た幼なじみのゆりちゃんの背中に話しかける。
「今までありがとう。
僕は沢山の楽しい思い出があって、幸せだったよ。
本当にありがとう。
………ゆりちゃん、好きだよ」
届くことのないはずの告白。
本来ならば、
事故の次の日に告白しようと思っていた。
次の瞬間。
ゆりちゃんがゆっくりと振り向いて僕を確かに見た。
「な…何で……?」
「慧君、私もあなたのことが好きだよ」
触れられないはずの僕の指に、
ゆりちゃんの指がからめられる。
「どうして……」
僕の目から涙がこぼれた。
透明な液体は水滴を床に残すことなくすぐに消えた。
ゆりちゃんは、
悲しそうに左手をあげて微笑んだ。
【解説】
幽霊になって生身の人に触れられなくなったはずの語り手が
ゆりちゃんと触れることができた。
ゆりちゃんもすでに死んで幽霊となっていた。
語り手が
『どうして……』
と聞いた時に、左手をあげた。
これはリストカットしたのを見せたため。
ゆりちゃんは語り手を追って自殺した。
ゆりちゃんの傷が残っているなら、
語り手も交通事故で死んだ状態のままなのでは…?
ということは、語り手の見た目はにゾッとしそう…
なんて思ってしまった。