今日も愛する妻が台所に立つキッチンからは実においしそうな匂いがする。
そして今日も私はいつもと同じくらいの時間に時計を見上げた。
たった一人の愛娘の帰りが、遅い。
私は今日も娘を探しに腰を上げた。
「ちょっとあの子を探してくるよ」
「あなた、それなら私も行きますからちょっとまってくださいね」
忙しそうに食事を作っていた妻が、今日も私の後を追ってくる。
私たちはとりあえず近所の公園を見に行った。
するとブランコの辺りに、案の定娘がいた。
「こんなところにいたのかい。さあ、早く帰らないと夕飯が冷めてしまうよ」
娘は頷いてから私におんぶをせがむ。言われたとおりに背を貸す。本当に可愛い娘だ。
しかし今日に限って、妻が少しだけ不自然な表情を見せている。
「どうしたんだい」と尋ねてみると、彼女は困ったように笑いながら私に語りかけた。
「あなた……その子、娘じゃありませんよ」
【解説】
おそらく娘はすでに死んでいて、
それを認めることができない語り手が
決まった時間に徘徊しているのだろう。
妻がついてくるのも
そんな語り手が心配だから、
といったところか。
『彼女は困ったように笑いながら私に語りかけた』
とあるため、
もしかしたら毎回こんなことをしているのかもしれない。
そうなると、語り手は
『今日に限って』
と思っているのはおかしい。
娘が死んでしまったことが認められない語り手は少し壊れてしまい、
毎回同じようなことをしてしまっているにも関わらわず、
覚えていないのだろう。
では、この娘は何者か…?
知らない人?
娘を追い求めるあまり、
自分の娘とは似ても似つかない子まで
自分の娘と認識してしまっているのかもしれない。
そのため、妻が困ったように笑うのは、
似ても似つかない子まで娘と認識してしまうくらい
精神的に追い込まれているのを感じるのと同時に、
それほどまでに娘を愛していたことを感じたため、
と言えるだろうか。
愛する者を失った悲しみを乗り越えるのはなかなか難しいものである…。