この春、
私は東京の大学に通うため上京して一人暮らしを始めた。
最寄の駅から自転車で
15分の小さなアパートに住むことになった。
近くには何もなくて不便だけど、
値段が安かったから入ることにした。
慣れないことが多そうだけど、
なんとかやっていきたいと思う。
気の弱い私だけど、
これまで生きてこれたのは
愛犬の『りんご』のおかげだ。
『りんご』は中学1年の頃、
飼いはじめた。
短い毛に包まれた小さな身体を触っていると、
心が落ち着く。
私が落ち込んでいるときには、
ほっぺたを舐めてくれたりして、
気遣ってくれる優しいところがある。
特に一緒にお風呂に入るのが楽しかった。
ずっと近くにいたから、
頭を洗っているときはなでてやったのを思い出した。
『りんご』は今も私の地元の東北で元気にしているようだ。
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荷物を片付けるまでは、
ずっと近くの銭湯に入っていた。
銭湯は近いので、
女の私でも安心して通える。
ただ、最近はアパートのお風呂に入らなければ、
生活費がなくなってしまうことに気付いたので
銭湯には行かないようにした。
アパートの小さなお風呂に入った初日、
シャンプーをしていると足元に何かが来たようだった。
触ってみると、
丸い身体に毛が生えていた。
私は『りんご』が来たんだ!
と思って撫でてあげた。
少し毛が伸びて、
毛がない所が多かった。
歳を取ったなあ、とおもいつつ撫でていると
どこかへ行ってしまった。
シャンプーを洗い流し、
身体を洗ってお風呂から出た時に、
ここは東京だから『りんご』がいるわけない!
と、思ってゾッとしたが、
3日後くらいに、
母親から『りんご』が急死したという連絡が入った。
最後に会いに来てくれたんだな…と思い、
帰郷した。
『りんご』はたくさんの短い毛に包まれて、
眠るように死んでいた。
私は泣きながら『りんご』を埋めて、
お線香を上げた。
その日の夜、
父親からあのアパートのある場所が、
以前何であったか聞かされた。
戦国時代、そこは処刑場だったそうだ。
【解説】
語り手が撫でていたのは
『りんご』ではなく、
落ち武者の頭だった…
落ち武者は頭を撫でられるとは思わなかっただろうけど…
それで成仏できたらいいね。