ある冬の寒い日、
コンビニの前に一人の老婆が座っていた。
通りがかりの男は心配になり声をかけた。
『もしもし、大丈夫ですか?』
老婆はゆっくり顔をあげ、
静かに『お構いなく』とだけ言うと、
丸まるように膝を抱えこんだ。
よく見ると小刻みに震えている。
放っておく事もできず、
男は再び声をかけた。
『お住まいはどちらですか?
ご家族に連絡しましょうか?』
すると老婆は俯いたまま、
消え入りそうな声でこう言った。
『家も家族もないよ。。
食べ物も、それを買うお金だってない』
それを聞いて可哀想に思った男は、
『お店にあるパンをお一つどうぞ。
それから温かい飲み物もね。
なんでも好きなものを選んでください』
と言った。
老婆は顔をあげ、
男の優しさに涙を流した。
パンをゆっくり食べ始めた老婆を見て、
男は満足そうにその場を立ち去った。
これであの人も屋根のある暮らしができるだろう。
【解説】
男は店員を装って
老婆に万引きさせた。
初犯だろうから、
刑務所には入らないだろうが、
留置場には入るかもしれない。
『これであの人も屋根のある暮らしができるだろう』
というのはそういうことだろう。
男としては良いことをしたと思っていそうだが、
老婆が「万引きをしてしまった…」という心の傷は
一生消えないものとなってしまう…。