私の名前は加藤耕太。
今年で25になるフリーター。
ほんとは
田舎で一生を過ごすつもりだったが、
実家には酒に溺れ
毎日のように暴力を振るう父がいた。
そして俺が18の時
家族に暴力を奮う父に
頭にきていた俺は
ある日ついに父と喧嘩した。
頭の血が煮えたぎっていた俺は
いつの間にかビール瓶で
父の右の頬を殴りつけてしまっていた。
父はその場にうなだれ
全く動かなかった。
怖くなった俺は、
泡を吹く父と
怯える母と妹を置き去りにして上京。
今は
都会から外れた静かな場所で
ボロアパートを借りて暮らしていた。
けど
俺はこの場所があまり好きではなかった。
なぜなら
このアパート付近は
夜によく霊がでるという噂があったからだ。
最初は信じてなかった。
が、しかし
今では信じざるをえなかった。
見たのだ。
昨日の夜
アパートの前を
ウロウロとしている男のような影。
そして
足音もなくどこかにいってしまった。
さすがに
少し怖くなった俺は
今日ばかりはバイトを早めに切り上げ
寄り道もせずアパートに戻った。
家に帰って
鍵を回しドアを引く。
が、ドアは開かない。
おかしいと思った俺は
もう一回ドアに鍵をさし手をひねってみる。
そして
またドアを引くと
ドアはギィーッと音をたててゆっくりと開いた。
しまった!!
鍵を閉め忘れたのか!!
慌てて俺は部屋に駆け込んだ。
すると案の定
部屋は嵐が過ぎ去ったように荒れていた。
しかし
不思議な事に
部屋は荒されているだけで
通帳も、食料も、お気に入りのシルバーアクセも
金目になりそうなものや
ためになりそうなものは何も盗まれていないのだ。
いろいろ疑問が浮かび上がる中
俺の脳裏にある仮説が浮かんだ。
もしかしたら
昨日の霊のしわざでは。
そうなると
俺はいてもたってもいられなくなった。
まず
俺は散らかった部屋を片付け
そのあと霊の正体をつきとめてやろうと
部屋にこっそりビデオカメラをしかけた。
何か見られている感じがしたが
生活には何の支障もなかったので
得体の知れない霊の存在に怖々しながらも
ベッドに入り長い一日を終えた。
次の日。
あまり目覚めは良くなかったが
それはいつものことだ。
今日は夕方からバイトなので
午前中は家でダラダラと過ごしていた。
そうこうしている内に
いつのまにかバイトに出かける時間になっていた。
俺は急いで身仕度を済ませ、
昨日しかけたビデオカメラを回して
鍵を閉めた事を確認してから
アパートを後にした。
バイトが終わって
俺は急いで帰路についた。
アパートに着いて
ドアノブに鍵をさし一回回す。
するとドアはいつものように鈍い音をたてて、
ゆっくり開いた。
「ただいまー」
いつもよりわざとらしく
大きめに言ってみた。
もちろん返事はない。
部屋に入ると
部屋は特に荒らされてはいなかったが
ひとつ妙な事が起きていた。
テレビの横においてあった写真立てが落ちて、
踏まれたかのようにバラバラに割れていたのだ。
それは俺が唯一持っていた家族写真だった。
不可解に思いながらも
俺は部屋においていたビデオカメラを
恐る恐る回してみた。
どうやらテープのフィルムは
既に全部回り終えているようだ。
誰もいない部屋は日が沈むにつれて
次第に暗くなっていく。
そしてカメラを回しつづけていると
ガチャ。
部屋のドアの開く音がした。
そして暗いのではっきりとは見えないが
その音に続いて
黒い影が部屋の中をウロウロとしていた。
現れたなこの悪霊め。
ただ外から侵入してきた感じではない。
霊はものをすり抜けるようなイメージがあるから
ドアなんかもくぐれるのだろうか。
それならおかしい。
ドアが独りでに開くはずがないからだ。
ここで
俺はある事を思い出した。
小さい頃に読んだ本に
確か名前はポルターなんちゃらみたいな感じだったと思うが
霊が物を動かして
人間にはその物が浮かんでいるように見える
という現象があると書いてあった。
そんな事を考えていると
カメラからいきなり
「ゴトッ・・・パリン。バキ、バキバキ、ゴンゴン・・・」
このような音が聞こえた。
これはきっと
さっき落ちていた写真立てが
落ちたときの音だろう。
そしてこれもあのポルターなんたら
とかいう現象なのだろうか。
そんな事を考えている内に
テープはもう終わりかけていた。
だがしかし、
黒い影が部屋からでて行く様子はない。
早くでてけよ。
そんな事を念じていると
黒い影は台所の方にいき急に姿を消した。
ほっ。消えたのか?
少し安堵のため息を漏らした次の瞬間。
ガチャガチャ
キィー。
ただいまー。
どこかで聞き覚えのある
男の声が聞こえた。
部屋が明るくなり
割れている写真立てを眺めている男が
鮮明に写っている。
俺は青ざめた。
写真立てを不思議そうに見つめているその男の後ろには
台所の闇に消えていたはずの黒い霊が
精気もなくたたずんでいたのだ。
そして
ここでテープは止まっていた。
ビデオカメラを力無く握っている手からは
ジワジワと汗が滲み出ている。
俺は
まわらない首を静かに後ろへひねった。
そこには
右の頬に傷跡のある
男の・・・霊?
俺は言葉を失った。
そうか。
そういうことだったのか。
俺はこの時すでに
この状況のすべてを理解した。
そして精気のない
男は近くにあったビール瓶を手にこういった。
「おかえり、耕太」
【解説】
黒い影の正体である男は
語り手の父親。
もちろん、幽霊などではなく、
生きている。
父親は語り手の部屋に昨日からずっと隠れていた。
そしてこれから復讐として
語り手をビール瓶で殴り倒す。
語り手が逃げるように上京してから約7年。
その間に父親は
語り手の居場所を突き止めたのだろう。
果たして母と妹はどうなってしまったのか…
ビール瓶で殴られたから
ビール瓶でやり返そうとしているところに
ものすごい憎悪を感じてしまう…