『次は池袋~池袋~お出口左側です』
アナウンスを終え、山野は車内マイクのスイッチを切った。
ようやく長かった一日が終わりをむかえようとしている。
窓の外は既に墨汁を垂らしたような暗闇に覆われていた。
しばらく走ると池袋の駅が光を放って現れた。
14車両ある車体はゆっくりとプラットホームへ滑り込んでいく。
北海道から21才のころ上京して早10年。
終電は何度も経験している。
一分の停車時間が流れた後、聞き慣れた発車のメロディがホームに鳴り響いた。
山野はホームを確認すると開閉ボタンに手をかけた。
自動ドアは息を吐くような音をたてて、閉じた。
その時だった。
ミラー越しに階段をかけ上がってくる人の姿が見えた。
山野は窓を開け、顔だけを出して振り向いた。
黒のスーツに真っ赤な花束を抱えた女性だった。
女性は、誰かを探すかのようにホームを走りながら車内の様子を伺っていた。
山野は不意に昔のことを思い出した。
東京へ行くことになったあの日。
付き合っていた彼女がホームに現れたのは電車がゆっくりと動き出してからだった。
あの時、彼女は泣きながら窓ガラスを叩いてきた。
汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔。
何かを伝えようと必死に動かしてた唇。
今でも脳裏に焼き付いている。
気づくと山野は開閉ボタンに手を伸ばしていた。
すると、車内で動きがあった。
座席に座っていたサラリーマン風の男性が驚くように立ち上がった。
二人は、車内とホームの狭間で向き合った。
女性が抱えていた赤い花束を男性へ差し出した。
それはまるで映画のラストシーンだった。
せわしない世の中で、そこだけが別世界だった。
スポットライトが浴びせられているかのような光を放っていた。
人生には絶対に外せないタイミングがある。
今、この時を逃したらもう二度と戻ってこないものがある。
結ばれることのなかった北海道の運命。
その運命が今、結ばれることのなかった東京の運命を変えた。
山野は微かな涙と微笑みを浮かべ、その光景をずっと、ずっと眺めていた。
大きな音がホームに鳴り響いたのはその直後のことだった。
山野は一瞬何が起こったのが分からなかった。
目の前では女性が相変わらず車内の方を向いて微笑んでいた。
手に黒い鉛のようなものを握りながら。
【解説】
花束の中に銃を隠し持ち、
その銃でサラリーマン風の男性を殺した。
『次は池袋~池袋~お出口左側です』
と書かれているけれど、
内容的に海外のイメージで再生されてしまう。
池袋でこんなことが起これば
恐怖が倍増しそうである…。