周期的に揺れる車内で、
俺と由美は隣り合って座っていた。
時折窓から差し込むネオンや街灯りが、
二人の顔を横切っていく。
「わー、綺麗な夜景だね」
由美が外の景色を眺めながら呟く。
「あー、そうだな」
「遊園地、楽しかったね」
「あー、そうだな」
「次は動物園とか行きたいなぁ」
「あー、そうだな」
「……ねぇ、聞いてる?」
「あー、そうだな。
イテテテテ!」
由美に思い切り頬をつねり上げられた。
「いくら帰るのが遅くなったからって、
そんな怒んなくていいじゃない!」
「別に怒ってるわけじゃねーよ」
「じゃあ……
私のことが嫌いなの……?」
そうボソリと零すと、
俺から目を背けた。
「な、何言ってんだよ……」
「誤魔化さないで答えて」
今にも泣き出しそうな震え声で、
俺を問い詰める。
「……好きだよ」
「それは"友達"として?
それとも――」
「愛してる」
「え……?」
俺の言葉に意表を突かれたのか、
由美は目を丸くしてこちらを向いた。
二人に沈黙が流れる間も、
微弱な揺れは続き、
光のシャワーが顔を濡らす。
「俺は、ずっと前からお前の気持ちに気付いてた」
呆気にとられ
口を引き結んだままの由美を無視し、
言葉を続ける。
「気付いていながら、
どうすべきか分からなかった……
好きだと打ち明ければ、
今の関係が崩れるんじゃないかと、
恐れていた……」
由美が静かに首を振る。
「大丈夫……
何も変わらないよ……」
そう紡ぐと、
彼女の目から涙が零れた。
「気付いてたんなら、
もっと早く言ってよ……
私、武史が私のこと好きじゃないんだって、
ずっと……」
俺の身体は、
自然と由美を抱き締めていた。
「ごめん……不安にさせて……」
「ホント……馬鹿なんだから……」
泣きじゃくる由美の背中を優しくさする。
俺はホント、大馬鹿野郎だよ……
「ねぇ……」
「何……?」
「私を泣かせた罰として、
命令……訊いて……」
「何でも訊くよ」
俺の服で涙を拭った由美は、
顔を上げて笑顔で言った。
「"由美"って、呼んで」
「分かったよ、由美」
少し苦笑いになった俺に、由美は唇を近付けた……
「……お客さん、運賃11,600円になります」
【解説】
『……お客さん、運賃11,600円になります』
とあるように
語り手と由美はタクシーの中にいた。
『時折窓から差し込むネオンや街灯りが、
二人の顔を横切っていく』
『光のシャワーが顔を濡らす』
電車の中であれば
車内に明かりがあるはずなので、
あからさまに外の光が二人を照らすことはないだろう。
そのため、
二人は最初から薄暗い車内である
タクシー内にいたことがわかる。
語り手は
『あー、そうだな』
と適当な返事をしているが、
タクシー内で会話するのが恥ずかしかったなどの理由で
適当な返事をしていたのだろう。
しかし、由美からの
『じゃあ……
私のことが嫌いなの……?』
という言葉から
二人の世界へと入ってしまった…
『……お客さん、運賃11,600円になります』
もしかしたら目的地に着いたにも関わらず、
それに気づかず数分こんなことをしていたのかもしれない…
そして、さすがにそろそろ耐えれなくなった運転手が
お金を請求したところだった…
タクシーの運転手からすると
「正直よそでやってくれ…」
という感じだろう…
そして、この語り手と由美。
語り手がタクシー内だから適当な返事をしていたのだとしたら、
タクシーの運転手に声をかけられ現実に引き戻された語り手は
タクシーから降りた後
「お前のせいで恥ずかしい思いしたじゃないか!」
みたいなことを由美に言う可能性も…?
そこから喧嘩が始まり、
もう二人だけの世界が作られることはなかった…
なんてことにもなりかねない?