「君の夢は必ず叶うよ。」
大学生だったある日、
自称魔法使いが私に言った。
冗談半分に聞きながら、
私は彼に子供の頃の夢を語った。
「なら医者になりたいな。」
「よし、では9年後に夢を叶えよう。」
彼はそう言い残して去っていった。
大学を卒業した頃にはそんな出来事など忘れ、
ごく普通のサラリーマンとして働いていた。
健康診断で診療所を訪れた際、
再び彼と出会った。
「丁度9年が経ったね。
医者にはなれたかい?」
「あぁ、そんな話もしたね。
今はただのサラリーマンさ。」
「おやおや、それなら…」
彼がパチンッと指を鳴らすと、
私の手に何かが握られていた。
「おめでとう。それは君の医師免許。
この診療所はこれから君の物だよ。」
そう告げると、彼は静かに消えた。
彼は本当に魔法使いだったのだ。
【解説】
医者になりたいという語り手の話を聞き、
魔法使いは自力で医者になれる期間(医学部受験から医師免許取得まで)である
9年間の猶予を与えた。
9年後に語り手は魔法使いと再会するも
語り手は医者になっていない。
そもそも医者になる努力をしていなかったのだから当然である。
魔法使いは
『医者になりたいな』という語り手の夢に対して
『では9年後に夢を叶えよう』と言っていたため、
その言葉を現実のものとするために、
魔法で語り手を医者にした。
医師免許もあり、
診療所もあるため
語り手は紛れもなく医者となった。
しかし、問題は語り手に医療の知識が全くないこと。
診療所なので大きな病気に関する治療は行わないだろうが、
当然ながら診断すらまともにできないため、
できることが何もない。
『健康診断で診療所を訪れた際、
再び彼と出会った』
から
『おめでとう。それは君の医師免許。
この診療所はこれから君の物だよ』
と言っているので、
今この場に診なければいけない患者がいるだろう。
そして、語り手はこの診療所のトップである医師と言っても良いはず。
医療の知識なんてないのに…
患者を前にして逃げるなんてことになったら
どのような扱いを受けてしまうだろうか…
「突然魔法で医者になっただけで
医療の知識なんてない!」
なんて言っても精神病院に連れて行かれるだけだろう。
魔法使いとしては夢を叶えてあげたと思っているだろうが、
語り手としては子供の時の夢を語っているだけで
9年前にはその夢もとっくに諦めていた。
その違いにより
語り手は窮地に立たされている。
医療の知識もなく、
診療所を持った医者になってしまった語り手。
今後どのような生活をしていくのか気になるところである…
ちょっと気になることは
サラリーマンだったのはどうなったのだろうか?
まだ籍が残っている?
それとももうない?
さすがに急すぎる出来事なので、
会社の方に連絡してみるものか…
ただ、語り手も今大変な状態であるが、
もっと気になるのはこの診療所の本当の持ち主である。
いきなり診療所の持ち主ではなくなったが、
今どのような気持ちなのだろうか、
今どういう立場になっているのだろうか…
語り手も大変な状態であるが、
必死に頑張っていたであろう診療所の本当の持ち主は
意味も解らず診療所を取られてしまった…
語り手はある意味自業自得な部分があるが、
診療所の本当の持ち主は巻き込まれただけで
失うものが多かったように思う…
診療所の本当の持ち主が哀れすぎる…