俺の住んでいるマンションはけっこう立派だがいろいろあって、
正直のところは引っ越したい気持ちもある。
しかし、なかなかできそうにもない。
人気がない時間帯に仕事から帰ってきた時、
廊下をふと見ると暗いところでよく見えなかったが紫ぽい服を着た、
髪の長い女性がうずくまっていた。
顔を隠しながら、笑って、いや、すすり泣いている。
「探し物が・・・、探し物が見つからない」
けっこう大きな声で鳴いて、
しかも夜中だというのにマンションの住人たちは
誰も注意はしなかった。
だれも薄気味悪いやつになんか注意できないよな、
どんなにうるさくても俺も係わり合いになるのはごめんだ。
自宅に入ろうとしたとき、嫌な感覚が背中を刺した。
翌日、紺色の服を着た、
女性がマンションのどこかの階から飛び降りたらしい、
多分あの女だ。
顔面がなかったそうだ。
ものすごい激突で、潰れて飛び散ったぽいということらしい。
あんまり、マンション住人の野次馬はいなかった。
ん?あの女、すすり泣いていたかな?
【解説】
探し物をしている女性と飛び降りた女性は同一人物。
ただ、語り手が廊下で出会った女性は
飛び降り前ではなく、飛び降り後だろう。
紺色の服のはずなのに、紫っぽい服に見えたのは、
紺色に血の色が混ざったから。
『ん?あの女、すすり泣いていたかな?』
と語り手が言っているのは、
顔を確認していなかったから、
どんな顔立ちだったかわからないということだろう。
『探し物が・・・、探し物が見つからない』
この飛び降りた女性が探していたものは、
飛び散ってなくなってしまった自分の顔かな?
語り手は顔が潰れていたから、
きちんと顔を確認できていなかったのだろうが、
顔を凝視することができていれば、
悲鳴を上げることになっていただろう…