あー、飲み過ぎてしまった。
今日は早めに帰宅できると思ってたのに、
部長に付き合わされたせいで終電ギリギリだよ。
ここの地下鉄、遅い時間は人が少なくて怖いんだよな。
上り下りの線路に挟まれる形でホームがある平凡な駅だが、
飛び降り防止措置がないせいでよく自殺者が出ることで有名だ。
駅員が一人いるだけの改札を抜けて階段でホームに降りると、
意外にも人が多かった。
ただ皆虚ろな表情で立ち尽くしている。
まぁこんな時間まで働いたり飲まされたりした人間なら仕方ないか。
そう思いながら、
若い男性サラリーマンの後ろに並んだ。
しばらくして、放送アナウンスが流れる。
『まもなく快速電車が通過します。
危険ですので白線の内側にお下がりください』
するとベンチに腰掛けていた中年男性が俺の横を通って白線前に立った。
おいおい、横入りか?マナーくらい守れないのか……
と思う間に、男は飛び降りていた。
高速で進入してきた鉄塊にぶつかった男の身体は人の形を保てなくなり、
一瞬でひしゃげて擬音化できないような耳障りな音を立てた。
そして衝突点から周囲に赤い飛沫が撒き散らされた。
衝突した位置に近かった俺は、
真っ正面からその鮮血を浴びてしまった。
快速電車の先頭車両がホームを通過した頃にようやくブレーキ音が響いた。
嘘だろ……まさか飛び降り現場に最前線で遭遇してしまうなんて……
慌ててハンカチで顔を拭いていて、ふと気付いた。
こんなに人がいるのに、
なぜ悲鳴もあがらず騒ぎも起こらない……?
ハッとして周囲を見渡したが、
誰一人として表情を変えず、
相変わらず棒立ちしている。
なんだこいつら、
なんでそんな冷静なんだ……?
すると、階段を降りてきた一人の乗客が俺の隣の列に並んだ。
そいつの顔を見た俺は全てを把握し、
全速力で階段を駆け上がった。
【解説】
『遅い時間は人が少なくて怖い』
というように、普段は人が少ないはずなのに
この時は多くの人が見えていた。
しかし、
『ただ皆虚ろな表情で立ち尽くしている』
この人たちは全員幽霊であった。
そのため、
『若い男性サラリーマンの後ろに並んだ』
はずなのに、
語り手は飛び込みをした男性の血を真正面から浴びている。
つまり、
前にいた若い男性のサラリーマンには実体がない。
そして、
『階段を降りてきた一人の乗客が俺の隣の列に並んだ』
この乗客が先程飛び込んだ男性の幽霊で、
語り手はその顔を見て皆幽霊だと把握し、逃げ出した。
こんな出来事に遭遇したら、
トラウマになって電車に乗るのが怖くなりそうである…。