とある病院での夜中の出来事。
記録室で書き物をしていたらひょっこりと部屋を覗く気配がした。○さん。
「どうしたの?○さん」
声を失う手術をした○さん、困ったように立っている。
「家に電話?何かあった?書類なら今書いてるよ?」
小指を立てたあと、額に手を当てて頭をゆらゆらさせている。
小指・・・女・・・女房。・・・・気分悪い?
いま、○さんに奥さんが付き添ってる事を思い出した。
「奥さん、気分悪い?見に行った方がいい?」
○さんがうなずいた。急いで○さんのいる部屋に走る。
部屋が見えたとき、部屋から息子さんが出てきて「すいませんお袋が!」と叫んだ。
具合の悪そうな奥さんを息子さんと2人で病棟に移し
疲れによる貧血だろうということで、点滴をしてしばらく様子を見ることにした。
しばらくして様子が落ち着いたのを見て、家に帰れるように奥さんと息子さんに
○さんの診断書を渡した。同時に○さんが奥さんの不調を教えてくれた事も。
なんだか奥さんは泣いていて、息子さんは泣きそうだった。
迎えに来た車を見送って、つぶやいた。さよなら、○さん
【解説】
『いま、○さんに奥さんが付き添ってる事を思い出した。』
『○さんがうなずいた。急いで○さんのいる部屋に走る。』
○さんは記録室に来ているはずなのに、
『○さんに奥さんが付き添っている』
『急いで○さんのいる部屋に走る』
という不思議な表現になっている。
つまり、○さんはこの時にすでに死んでしまい、
幽霊となって記録室の人に伝えにきたのだろう。
そのため、
『○さんが奥さんの不調を教えてくれた事も。
なんだか奥さんは泣いていて、息子さんは泣きそうだった。』
死んでも不調を教えに行ってくれた夫の優しさ、
そして亡くなってしまった悲しみにより
泣いてしまったのだろう。
『具合の悪そうな奥さんを息子さんと2人で病棟に移し』
というところから、おそらく霊安室かどこかに
2人はいて、最後を見届けていたのかもしれない。
『○さんの診断書を渡した。』
これはおそらく死亡診断書。
『迎えに来た車を見送って』
これが霊柩車であろう。
怖い話、というよりも、
死んでもなお奥さんの心配をする○さんの
ものすごく良い話なのかもしれない。
それにしても…
この現象を顔色一つ変えずに
普通に対応できる記録係の人は
一体どれほど同じようなことを経験しているのだろうか…。
正直そちらの方が怖いと感じてしまう。