それは、俺が社の研修で初めてその国に行った時のことだ。
あの時の事がいまだにトラウマとなり、
あれ以来、二度とこの国の料理だけは食うまいと誓っている。
俺たち班のメンバーは、
都心から少し離れた町に昼食の為立ち寄った。
入った店は、いかにも田舎町の定食屋な感じで、
お世辞にも綺麗とか洒落てるとは言い難い店構えだった。
メニューを見ても四字熟語のような漢字ばかりで全くわからないので、
これなら間違いないだろうと炒飯と湯麺を頼んだ。
待ってる間、
ふと同僚の柏木がこんな事を言い出した。
『この国の田舎の方じゃ、
いまだに犬も食うらしいぜ』
すると隣に座った田中が、
『あー、聞いたことある。
ってか猿の脳味噌も食うんだろ?
実は普通にこの店のメニューにもあったりして』
とニヤリと笑って言った。
俺は気持ち悪くなった。
国の食文化をとやかく言うつもりはないが、
俺の口には合いそうもない。
そうこうしてる内にテーブルには頼んだ料理が運ばれてきた。
炒飯と湯麺。
たぶん頼んだ物で間違いないだろう。
すると店主がもう一皿持ってきた。
俺たちはアタフタと、
日本語やら辿々しい英語やらで頼んでない事をアピールしたが、
店主はニコリと笑いサービスとだけ言って戻っていった。
店主がサービスだと出してくれた料理には日本でも見覚えがあった。
特有の香りが食欲をそそる。
まず田中が頬張る。
田中の『うまい!』という声で
俺と柏木も箸をのばした。
確かにうまかった。
サービスの品だけでなく、
注文したものも全て大満足な味だった。
俺は店主に向かって皿とメニューを交互に指差し、
ジェスチャーでこの料理の名前を店主に聞いた。
なんとか理解してくれた店主は、
メニューの一つを指差した。
俺『古…』
そこまで言って俺たちは顔を見合わせた。
柏木『…まさか…人間まで食ったりしないだろ?』
田中『だよな…で、汁ってなんだ?……おい、だから赤いのか?』
俺『か、勘弁しろよ…』
俺たちはとりあえず金を払うと、
逃げるようにその店を後にした。
今だって食っちまった自分を思い出すと吐きそうになる。
【解説】
語り手たちが食べたのは「古老汁肉(古老肉)」
古老は「甘酢あんかけ」のこと。
日本で言えば酢豚である。
しかし、語り手達がなぜこんなに取り乱しているのかというと、
「老人の汁と肉」だと勘違いしたから。
実際はそんなことはないのに、
思い込みによる風評被害である。
酢豚おいしいよね。
ただし、パイナップルは許しません!