『「非常階段には花子さんがいるんだよ」
友人の言葉が頭によぎる。
こんな話を聞いた日に非常階段の見回りだなんて、ツイてない。
「非常階段は死角が多く、
タバコや陰湿ないじめの現場になりやすい。
放課後、学級委員は交代で見回りするように」
担任はそう命じた。
今日はその当番なのだ。
とはいえ、今日の天気は大荒れだ。
土砂降りの雨で、空は厚い雲に覆われ、
時折ゴロゴロと雷が鳴っている。
夕方というのに真っ暗だ。
誰がこんな日にたむろするというのか。
ブツブツいいながら、
非常階段を下りていく。
屋根があるとはいえ、
雨水が風で入り込み、
所々水溜りになっている。
その陰から何か出て来やしないかとビクビクしていたが、
むろん、そんなことは起こるはずもなく、
予想通り、誰一人非常階段にはいなかった。
よし。無事見回りを終え、
真っ暗な教科棟の廊下を歩く。
後はあの先の渡り廊下を抜ければ
明るい教室にたどり着く。
そう安心しかけた瞬間、
誰もいないはずの教室側の窓に、
ベチャっと白い影が張り付くのが見えた。
恐怖で背筋が凍りつく。
逃げなきゃ!
そう思う心とは裏腹に足は立ち止まり、
動けなくなってしまった。
金縛りだ…
大声をださなきゃ、助けを呼ばなきゃ。
でも、唇が動かない。
私は必死に叫んだ。
「ふぁふぇか、ふぁふぇかふぁふふぇふぇ~!!」』
自分の叫び声で目が覚めた。
夢?夢だったんだ…
隣を見ると夫が私に両腕を差し伸べている。
まだ残る恐怖から逃れるように、
夫の腕の中に抱き付いた。
「どうしたの?」
びっくりしたように夫が言った。
「怖い夢を見たの。
驚かせてごめんなさい」
そうして、
優しく夫に頭を撫でてもらいながら思った。
夢でよかった。
あの時目覚めてよかった。
***********
…あの時目覚めてよかった。
夫は思った。
彼もまた夢を見ていた。
『仲間と力を合わせて、ついに倒したモンスター。
そのアイテムを得るためモンスターに近づくと、
なんと、まだ、ヤツは息絶えてはいなかった。
瀕死の形相で、
奇声を上げながら襲ってこようとする。
「ファフェカ、ファフェカファフフェフェー!!!」
丸腰だった彼は、とっさに、
その首根を締め上げようと腕を伸ばした…』
その瞬間、目が覚めた。
あの時目覚めて本当によかった…
【解説】
夫が両手を差し伸べていたのは
夢の中でモンスターを殺そうとしていたからだった。
語り手が目覚めなければ
夫は語り手の首を絞めていた。
もしかしたら殺していたかもしれないし、
殺さなかったとしても
夫に恐怖を感じてしまうところだっただろう。
目が覚めて本当によかった。