隣街には、噂の絶えないT字路がある。
昔からあった噂は、
見る人の寿命を映す街灯がある、という話だ。
そのT字路は見通しが悪いため、
よく交通事故で亡くなる人がいるのだが、
そこで亡くなる人は皆、
事故の間際に街灯が点滅しているのを見ているという。
あまりに死亡事故が多発するため、
近年ようやく交通反射鏡、
すなわちカーブミラーを設置した。
だが、設置してすぐに反射鏡にまつわるある噂が出回った。
その反射鏡に、事故で亡くなった霊が映り込むというのだ。
心霊現象に興味のある僕は、
そのT字路を深夜に調査しに行くことにした。
人通りの少ない夜の住宅街は、
いつ歩いても不気味だ。
車二台がギリギリ通れる道幅に、
2mを越える民家の塀がより一層圧迫感を与える。
しばらくして、
ようやくT字路が見えてきた。
そこにはすでに先客がいた。
路地に座り込み、
反射鏡を見つめてガタガタと震えている男性だ。
僕はその男性に近付いて声を掛けた。
「どうしたんです……ムグッ!」
(ばばば、馬鹿!静かにしろ!)
男性に口元を抑えられ、
小声で注意されてしまった。
(あああ、あの反射鏡……
お前にも映ってるもの……見えるか……)
そう言われて、反射鏡に目を向ける。
右折・左折の両方見えるよう二つ並べられた反射鏡の左折側、
真っ暗な路地に薄ぼんやりした人影が映っている。
背格好や体勢は今僕の隣にいる男性と瓜二つ。
だが、何と言うか、生きてる気配を感じない。
(見えますね……)
(だ、だろ?もしかしてドッペルゲンガーじゃねぇかな……)
(ドッペルゲンガー……?)
(なんだ、知らねぇのか?
全く同じ姿をしてて、そいつと出会うと死んじまうんだよ……)
(そんなまさか……)
(俺も信じたくねぇよ……だからさ……)
男性は耳に口を近付けた。
(お前、見てきてくれないか?)
「はぁ!?」
(しーっ!静かにしろ!)
僕は慌てて口を塞ぎ反射鏡を見たが、
鏡に映った男は微動だにしていなかった。
(頼む!一生のお願いだからさ!)
初対面の相手に一生のお願いと言われても……
とはいえ、僕も心霊現象に遭遇するために来たわけだしな……
僕は静かに頷き、塀伝いに忍び足でT字路に近付き、
ドッペルゲンガーらしき者がいる方をそっと覗き込んだ……
「おい」
「うわっ!」
急に正面から声を掛けられ、
驚いて尻餅をついてしまった。
見ると、街灯の明かりの下に警官が立っていた。
「こんな夜中に何をしとるんだね?」
「あ、いや、えっと……心霊現象をですね……」
「心霊現象~?馬鹿馬鹿しい」
そう斬り捨てると、
僕を無理矢理立たせた。
「どうせストーカーでもしてたんだろう?」
「ち!違いますよ!」
なんで有らぬ疑いを掛けられるんだ!
そうだ、さっきの男性に話を聞いてもらえば……
そう思って、来た道に目を向けた。
「あれ?いない……」
さっきまで居たはずの男性がいない……
立ち去る足音も聞こえなかったはずだ……
「何を言っとるんだ?
もういいから、早く帰りなさい。
「事故に遭う前にな」」
全身に鳥肌が立った僕は、
全力でその場から逃げ出した。
【解説】
男性が街灯を見ていたときは真っ暗だったが、
生きている警官が現れたときに街灯が光った。
すなわち、男性の寿命はすでに尽きていた。
男性はすでに霊となっていたから
反射鏡に映っていた。
心霊現象に遭遇するために来たのだから、
語り手としては願ったり叶ったりだったのかな。
とはいえ、基本は心霊現象なんて起きないと思っているから
実際に心霊現象に遭遇したら後悔するのだろうけど…。