時計の針は約束の時間を既に1時間経過していた。
待てどくらせど、
待ち合わせのこの場所に彼女はやって来る気配がない。
途方に暮れていた矢先、
俺の携帯電話が鳴った。
画面を開くと彼女からのメールだ。
『待たせてごめんね
あたしの乗っている電車がトラブって動かないの…
だから今、電車下りて向かってるから待ってて…
マジでごめんね』
数分後、彼女が現れた。
心なしかちょっぴり顔色がすぐれなかったようだが、
久々に会えた嬉しさで俺達はハイテンションだった。
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楽しい時間はあっという間に過ぎ、
お別れの時間が迫ったその時に彼女が俺にこう言った。
『私、もう帰るあしがないから
今夜あなたの家に泊まってもいい?』
『いいよ…明日から会社5連休だし』
『うれしい…』
彼女は俺の腕に抱きついてきた瞬間、
ひんやりとしたなまめかしい彼女の感触が本能を呼び覚ますかのように、
俺の全身を刺激していた。
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家に帰り、
シャワーを浴びてようやくホッと一息…
暗闇の中の彼女は無邪気に俺と戯れ、
甘い蜜を貪る蝶のように美しく、
透けるような肌で華麗に舞い躍っていた。
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翌朝、目覚めると隣にいたはずの彼女が消えていた。
しばらくして俺の携帯が鳴り、
開いてみると彼女から
『ごめんね…
どうしてもいかなきゃいけない用事できちゃったからもう行くね…
バイバイ』
とメッセージが…。
俺はすぐに
『分かった』
と返事をした。
翌日、俺は彼女と再び会った。
あでやかな白のドレスに美貌を引き立たせるかのごとくの上品な薄化粧を施し、
じっと目を閉じたまま微動だにせず狭い部屋にたたずんでいる。
俺は涙を流しながら、
彼女にエンゲージリングをはめた。
冷たい肌に命を吹き込むように…ゆっくりと…。
【解説】
最後にある
『狭い部屋』は棺桶、
『白いドレス』は死装束、
『薄化粧』は死化粧である。
つまり、彼女はもう死んでいた。
途中にある
『ひんやりとしたなまめかしい彼女の感触』
『透けるような肌』
からも死を連想させる。
『もう帰るあしがないから』
というのは文字通り、
「足がない」
つまり、電車事故で足がちぎれて死んでしまい、
幽霊となって別れを言いに来た。
幽霊となっているのに、
人と変わらないような状況で最後に接することができたのは
幸せなことだったと言えるのかもしれない。