裏家業で生計を立てる失敗続きのこの男は、
今回の仕事で成功しなければ信用を失い
二度と依頼がこなくなるだろう。
背水の陣。
腰より下で作った拳は僅かに震えている。
内容は最上階の金庫に入ってる極秘ファイルを盗む事。
容易だ。
曲がりなりにも数多に仕事をこなしてきた彼からしたら
起死回生の一手と言える。
十階建てのビル。
男はものの数分で裏口を解除した。
だだっ広いフロアには上階への道として
エレベーターしか方法が見当たらない。
ボタンを押すとすぐ開いた扉を入り、
ボタンを見て固まった。
一階と二階しかボタンがない。
躊躇いながら二階を押した。
二階につくと足早に退路と階段を探したが、
隣にあった、もうひとつのエレベーター以外には何もなかった。
次の階も次の階も…
一階づつエレベーターで上がっていく。
奇妙なエレベーターへの不信感も少し薄れた所で
八階のエレベーターに乗った時、
突如ブザーが鳴った。
驚きながらも冷静に辺りを見渡した。
「ろくじゅっきろ?」
重量制限が60キロになっている。
他に上がる方法もなさそうだし…
男の体重は58キロ。
衣類や道具がそれを60キロ以上にさせてるのだろう。
一計を案じ、
男は道具をその階に置いた。
九階のエレベーターでも、
またもブザーが鳴った。
「ごじゅうはち…」
悩んだ末、男は服を脱ぎ、下着一枚になった。
しかし残酷な音は響き続ける。
どうしたものかと考え込んでる内に
親指が下着にかかった。
目を見開き少しの間、
時間が凍った。
大きく首を横に振って
何か良い策はないかと必死に考えた。
プロ意識と羞恥心の激闘は、
再び下着に手をかける事で幕を閉じる。
脱ぎ捨てた尊厳を残し、
エレベーターは最上階へ導いた。
扉が開くと肌寒い身体で懸命に金庫を探した。
程なくして目標物は視界に入る。
金庫の前に屈むと、
男は流れる脂汗も拭かず慎重にダイヤルを回す。
ジリリリリリ…
操作を誤り警報機を鳴らしてしまった。
だが、この仕事は絶対にこなさなければならない。
この状況にありながら男は逃げずに続けた…
恐らく警備の車は近くまできてるだろう…
恐怖と戦いながら作業を続ける男に幸運が舞い降りた。
カチャ。
開錠を確認するやいなや
それらしいファイルを抱え
男は電光石火でエレベーターへ向けて走った。
【解説】
男はファイルの重さにより、
ファイルを持ったまま
エレベーターが動かず逃げ出すことができない。
その場で運動し、
ファイル分の体重を落とすしかないか…
とはいえ、そんな時間もないので、
このまま捕まるだろう。
それにしても、
重量制限58kgって
最上階まで来れる人は結構限られそうである。
警備の人も一人ずつしか来れないし、
体格もそこまで良くない人しか駆けつけられないけど、
エレベーターが一階ずつしか登れないから、
他の階で待っていれば良いだけ。
そういう意味では、
セキュリティとしてはかなり優秀なのかもしれない。
…窓から逃げ出されたらアウトだけど。