俺の職業は精神科医なんだが、
この前ゾッとするようなケースに遭遇した。
俺の家の隣に、
60代の夫婦と30歳くらいの息子の三人家族が引っ越してきた。
息子はいわゆる引きこもりらしく、
その姿を見掛けることはあまりなかった。
まー、その家族の口からは聞けないが、
そういう世間体を気にして越してきたんだろう。
その息子は日がたつにつれて外に出る回数も減り、
いつしかまったく部屋から出ない完全な引きこもりになってしまった。
毎晩のように息子の部屋から母親の怒鳴り声が聞こえる。
玄関先で母親に顔を合わせると笑顔で挨拶してくれるが、
あきらかにやつれてきていた。
隣の息子を見なくなって半年くらいがたったある日。
隣の父親が
「明日家の方に来てほしい」
とお願いしてきた。
個人宅に訪問して診察したことはなかったが、
近所付き合いもあったし、了承した。
そして次の日、
隣の家に行くと夫婦揃って出迎えてくれた。
「こちらです」
と母親に案内され、
息子の部屋の前まできた。
母親が
「開けるわよ!」
とドアを開けるなり、
「いつまで寝てるのよ!」
と大声をあげながらベッドの布団をはいだ。
その姿を見たとき、俺は驚愕した。
ベッドには顔のない裸のマネキンが一体、
横たわっているだけだった。
そして父親はこう言った
「診てほしいのは、現実を受け止められない私の妻です」
【解説】
息子はすでになくなっており、
その後母親はマネキンを息子の身代わりとして接していた。
だから、父親は
『現実を受け止められない私の妻』
と言っている。
ベビーカーに赤ちゃんの人形を乗せているのを見たことがある。
このように現実を受け止められない人というのは実際にいるからこそ恐ろしい…