今の自分を表現するなら、地に落ちた小説家、だろうか。
要するにクズだ。
当たったのはデビュー作だけで、それ以降が続かない。
作家としての力はとっくに枯れ果てていた。
もちろん筆だけで食っていけるはずもなく、
今では妻にも働いてもらう始末。
なんて情けない。
僕はいつまでこんな生活続けるんだ。
「あなた、棚の奥から高そうなワインが出てきたの。
仕事中だけど、ちょっとどうかしら」
「ごめん今は少し集中したいんだ。
それに君にだって先にやることがあるだろう?」
僕は背中を向け、止まっていた手を動かし始めた。
罪悪感から、まともに妻の顔を見ることが出来ない。
「なによ、ちょっとぐらいいいじゃない。
あとで欲しくなってもあげませんからね」
去っていく妻の足音を聞いていると急に涙がこぼれそうになった。
僕は最低な男だ。
こんな惨めな人生に、あろうことか彼女まで巻き込んで……。
けど彼女は決して僕を責めなかった。
それどころか、こういう生活も慣れたら楽しいものだ、と笑って見せた。
もうあんな悲しい台詞言わせやしない。
今度こそ一発でかいのを当てて、新しい人生を始めるんだ!
数分後、再び妻が顔を覗かせた。
「めぼしい物はだいたい集めたけど、そっちはどう?」
「あぁ、ちょうど片付いたところだよ。
今回は当たりだといいけど」
カチャリ、と僕は金庫を開けた。
【解説】
語り手は『仕事中』と言って、
金庫に対して手を動かしていた。
『今回は当たりだといいけど』
という言葉からも、
語り手の今の仕事は空き巣のようなものだろう。
空き巣のようなものを仕事と言っている時点で、
『要するにクズだ』
という言葉に同意してしまう。
『今では妻にも働いてもらう始末』
と言っていることからも
妻にもこの仕事を手伝ってもらっている。
そして、妻がこの空き巣のような仕事について
『こういう生活も慣れたら楽しいものだ』
と。
『あなた、棚の奥から高そうなワインが出てきたの。
仕事中だけど、ちょっとどうかしら』
という言葉からも
この仕事を本当に楽しんでいるようだ。
ただ、語り手としては
『今度こそ一発でかいのを当てて、新しい人生を始めるんだ!』
と、早くこの仕事を辞めたいと思っているようだが、
妻はこの仕事を楽しみすぎて、
辞める気がないのではないか?などと思ってしまう。
バレたらまずいはずだから時間をかけられないのに
仕事中にワインを飲もうとするほど肝が据わっているようだし…
この妻の考え方と行動が一番怖いように思えてしまう。