少女は毎晩、祖母と二人で母親の仕事帰りを待っていた。
その日は夕飯の支度も終わり祖母に寄り掛かりながらテレビを見ていた。
しかし段々とつまらない番組に飽きて、少女はウトウトし始める。
その途端、押入の戸が10cm程開き、白く長い女の左手がニュルリと伸びてくる。
しかも少女に向かって伸びてくる。
尋常じゃない光景に少女の眠気は吹き飛んだ。
少女は驚き、怯え、祖母に助けを求めるが祖母は気付かない。
少女にしかあの手は見えないのだ。
関節の無い、まるで蛇のような左手は少女の目前まで迫って来た。
少女は満身の力を込めてその左手を引っ掻いた。
左手はよほど驚いたのか、シュルリと押入の奥へ戻って行った。
そして戸もピシャリと閉じられた。
少女は揺り起こされる感触に目を覚ます。
母親と祖母は「待ちくたびれて少女が眠ってしまった」としか思っていない。
「ただいま」「おかえり」当たり前の会話がいつになくぎこちない。
きっとさっき見た夢の所為だ。
寝ぼけてどこからどこまでが夢なのか覚えていないが。
しかし次の瞬間少女は驚きでフラリとよろめいた。
帰宅した母親の左腕には引っ掻いたようなミミズ腫れがあった。
よろめいた彼女を母親が抱きかかえ囁く。
「誰に話したって、誰も信じないよ」
少女は完全に気を失った。
【解説】
これがもし本当の母親であれば、
『白く長い女の左手』として
語り手を襲う必要はない。
そもそも祖母が気付いていないので、
霊的な何かである。
最後に登場する母親は、
ミミズ腫れがあったことや、
『誰に話したって、誰も信じないよ』
という言葉から、
『白く長い女の左手』
であることがうかがえる。
祖母には見えないようにできたり、
母親の姿に化けることができるのであれば、
襲うことなんて簡単にできそうなのに…
この霊的な何かは
語り手が動揺していることを楽しんでいるのかな?