いい年をしてぶらぶらと遊び呆け、
多額の借金をこしらえた男がいた。
年老いた母親が八方頭を下げて男の借金を返してやり、
男は母親に連れられて実家へ帰ることになった。
ところが二人が乗り込んだフェリーは岸を離れたところで座礁して沈没し、
男と母親を含めた乗客たちは真っ暗な夜の海へと投げ出された。
水面に上がろうともがく男の足には、海藻が何度も絡みつき、
男はその度に水中深く引き込まれそうになった。
男は海藻を蹴りほどきながら、命からがら海岸まで泳ぎ着いた。
翌朝、浜辺には水死したフェリーの乗客の死体が多数打ち上げられた。
その中には、恨めしげな顔を浮かべた男の母親の死体もあった。
男は震えながら、傍で合掌していた地元の老人に尋ねた。
「じいさん、このあたりの海は海藻が多いんだろ?」
しかし、老人は首を振って答えた。
「いいや。石ころばっかりで、海藻なんか一本も生えてねえ海だよ」
【解説】
『石ころばっかりで、海藻なんか一本も生えてねえ海だよ』
つまり、男が海藻だと思っていたものは、
「人の手」であった。
さらに、
『恨めしげな顔を浮かべた男の母親の死体もあった』
と"恨めしげな顔"である。
おそらく男に絡みついていた「人の手」は
母親であった。
『年老いた母親が八方頭を下げて男の借金を返してやり、
男は母親に連れられて実家へ帰ることになった』
と、散々男に迷惑をかけられた挙句、
最終的には見捨てられてしまった母親。
むしろ、蹴りほどかれているので、
「男に意図的に殺された」
と、母親は思い、
『恨めしげな顔』をしていたのかもしれない。
母親の気持ちを考えると、
正直いたたまれない話である…