或る夏の夜、子供達がお寺に集まって何やら話していた。
「肝試しだって?」
「ああ、そうさ。ルールはこうしよう。
墓地の中に一つだけ赤い墓石墓があるだろ?
その前の蝋燭に火を灯して来た奴が勝ちというのはどうだろう」
「それでいいよ。
だけど、怖い思いしてやるんだから、勝った奴には何か賞品をだそうぜ」
「それならみんなで小遣いを出しあって、それを勝った奴への賞金としよう」
「いいぜいいぜ」
話は盛り上がってきた。
皆が小遣いを出し合うと、全て合わせて一万円になった。
「これなら肝試しのしがいもあるぜ」
「おう、そうだな。絶対俺が勝ってやるぜ」
「いや、僕だよ」
早速子供たちが順番を決めていると、
どこからともなく赤ん坊を背負った女性が現れた。
女性の家は貧乏で、食べていく金もほとんどなかった。
そのせいか顔もやつれ、
服もつぎを当てたようなぼろぼろの物を着ていた。
赤ん坊も青白い顔で、元気がないように見えた。
女性は子供達の輪に駆け込むと、こんなことを言い出した。
「私も肝試しに参加させて。
この子のためにどうしてもその一万円が必要なのよ」
子供達は一瞬顔を見合わせ、ひそひそと相談をしたが、
やがてその中の一人が答えた。
「いいよ、おばさんも仲間に入りなよ」
そして女性を含めて順番決めをした。
くじの結果、女性が一番最初に肝試しをすることになった。
手には提灯、後ろには赤ん坊を背負い、女性は墓地に消えていった。
しばらく行くと、赤みを帯びた墓石が見えてきた。
「これね」
女性は子供たちに渡されていたマッチで墓石の前の蝋燭に火をつけた。
「これでしばらくは生活していけるわ」
女性はほっとして帰りの道を歩き出した。
その時、後ろから急に髪を引っ張られた。
女性はひどく驚き、後ろを振り返らずに走った。
髪は相変わらず何者かの手で引っ張られた儘である。
女性は頭の中が真っ白になり、何も考えられなかった。
すると途中に、墓参りの人が忘れていったのだろう、
錆びた鎌が落ちていたので、
それを手に取り、後ろを振り返らず、その髪をつかむ手に切りつけた。
それでも離さないので女性は何度も何度も切りつけた。
そして、やっと手が髪から離れたころには、
前方に堤燈を持った子供達の影が見え始めていた。
女性は鎌を捨てて、一直線に子供達の許へ走っていった。
「行ってきたわよ」
「わかりました。おばさんの勝ちだよ」
子供が一万円を渡そうとした時、
女性の後ろに居た別の子供が今にも泣きそうな声で言った。
「お、おばさん、背中!」
「え?」
【解説】
『後ろから急に髪を引っ張られた』
女性の髪を引っ張っていたのは
背負っていた赤ん坊。
『錆びた鎌が落ちていたので、
それを手に取り、後ろを振り返らず、その髪をつかむ手に切りつけた。』
とあるので、錆びた鎌でその赤ん坊の手を何度も斬りつけた。
錆びた鎌ということから、
おそらく手を切り落としてはいないが、
鎌で斬りつけられた赤ん坊は血だらけなのは確実だろう。
元々、
『赤ん坊も青白い顔で、元気がないように見えた』
と元々元気がなかった上に、赤ん坊の体力では、
血だらけになっただけでもかなり危険な状態のはず…
この赤ん坊はきっともう…
それにしても、
きちんと肝試しをこなしたとはいえ、
出し合った小遣いを女性に渡してあげている、
この子供たちは正直素晴らしい子達だと思う。
(自分たちは肝試しを楽しめていないはずなのに)
女性が恐怖にとらわれて、
落ちていた鎌で斬りつけるようなことをしなければ、
ほっこりとした話で終わっていたのかもしれない。
やはり恐怖は判断を鈍らせるのだろう…