私の職業はタクシーの運転手。
今日はじめて私のタクシーをつかまえたお客様は、
若いお母さんと小学校低学年くらいのおとなしそうな男の子だった。
2人は、
タクシーに乗ってすぐ、
こんな会話を始めた。
母「…昨日はどんなことされたの」
子供「机の上にゴミ箱がひっくり返されてた」
母「…あとは?」
子供「廊下を歩いているとき、消しゴムをぶつけられた」
母「…それから?」
子供「お昼の時、
トレーを持って座るところを探していたら、
後ろから押された」
母「…誰がやっているのか知ってる?」
子供「うん。同じクラスのトラヴィスとジョシュだよ」
どうやらこの子は学校でいじめられているらしい。
私にも同じくらいの年齢の息子がいるので、
つい話しかけてしまった。
運転手「ねえ君、名前はなんて言うんだい」
子供「僕?ケヴィンだけど」
運転手「ケヴィン君、
ママとの話が聞こえてしまったけど、
ひどいことをする奴らがいるもんだ。
いいか、何があろうとも絶対に正しいのは君の方だ。
それを忘れるな」
子供「本当?」
運転手「本当だとも。
いじめっ子に負けちゃいけないよ」
子供「うん、わかったよ、おじさん。
ありがとう」
その親子は小学校の建物の前で降りて、
校内に入って行った。
すこし他の子供より登校時間が遅い。
おそらくいじめがつらくて、
学校に行きたがらないんだろうな。
ケヴィンか、かわいそうに。
それからしばらくは
誰もタクシーに乗ってこなかった。
私は適当に車を走らせていた。
夕方頃、
明らかにパニックを起こした女性が一人、
乗り込んできた。
女性「す、す、すみません、
○○病院まで、お、お願いします。
急いで!」
何事だろうと思っていると、
女性はすぐに携帯電話を取り出し、
誰かに電話をかけた。
女性「もしもし、あなた?あなた?
すぐ○○病院に来てちょうだい!
トラヴィスが…!」
私はできるだけ車を飛ばして病院へと急ぎ、
その女性が病院の救急病棟にかけこんでいくのを見届けてから、
またタクシーを走らせた。
【解説】
語り手であるタクシーの運転手の
『いいか、何があろうとも絶対に正しいのは君の方だ。
それを忘れるな』
という言葉により、ケヴィンは
いじめっ子の一人であるトラヴィスの命を狙った。
パニックになって
タクシーに乗り込んできたのは
トラヴィスのお母さん。
おそらくもう一人のいじめっ子であるジョシュも
これから狙われるか、
すでに狙われたあとだろう。
語り手としては元気づけたつもりが
思いもよらぬ方向に流れてしまったため
恐怖がつきまとっているだろう…
言葉というのは
どのように解釈されるのかは相手次第なので
恐ろしいものがある…