生温い海水が、体を包み込んでいる。
目を開けようにも開けられず、
瞼には暗闇が広がるばかり。
けどそんなことに不満などなく、
この心地いい空間で俺はずっと眠っていた。
──(しかし、窮屈だ、)
俺はそう思い、
伸びをするようにして手を伸ばした。
どんっ…何か固くぬめったものに手が当たる。
…おかしい。
ここは海だろう?
不思議に思いながら、
足を伸ばした。
どんっ …また当たる。
何なんだ?
海に体を任せるうちに、
何処かに嵌まりでもしたのか?
もしこのまま出られなかったらどうしよう……
不安と恐怖のような感情が押し寄せる。
──が、生温い海水といきなりの睡魔にさらわれて、消えた。
あれから幾日かが立った。
相変わらず俺はこの空間から抜け出せずにいる。
──(もう気にしてはいないが)
この空間は寝るのに最適だ。
どんなに動いても眠りやすい体勢になる。
さて、また眠りでもしようか。
『どばぁっ…』
「!?」
俺を包んでいた海水がいきなり何処かへ流れ出した。
海流が俺の体を巻き込んで、
抗えない俺は何処かに頭をぶつけてしまう。
「いっ………え?」
ぶつかった頭が、
吸われるように引っ張られた。
海から俺を引きずりだそうとしているように。
おい、やめてくれ。
やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ!!!
俺を離さないでくれ!!
『…さん、もう少しよ!頑張って!』
誰かの声が海に響く。
…声が。
光りもないような海、に?
全てを把握した俺は、
海から引きずり出された俺は、
絶望の声をあげた。
【解説】
語り手は
前世の記憶を持って生まれてきた赤ちゃん。
もしかしたら
生まれてくる前の
お母さんのお腹の中にいる時には
誰でも前世の記憶を持っているのかもしれない。
語り手が絶望の声をあげたのは
もしかしたら前世が絶望に満ちた人生だったからかもしれない。
今回の人生こそ
幸せに過ごしてほしいものである。