僕には恋人がいる。
結婚したいと思う相手だ。
彼女は若くして未亡人で、
息子が一人いた。
夫が亡くなってしばらくしたら、
息子まで別荘の火事に巻き込まれて死んでしまったのだ。
何度か顔を会わせたことがあっただけに、
彼の死は僕もショックだった。
彼女が一番辛いはずなのに、
気丈にも周りには笑顔を見せてばかりいる。
「僕の前では泣いていいんだよ」
と、何度も伝えたが、
彼女は何かをこらえて顔を歪ませて頷くばかり。
でも、僕はこっそりと見てしまったことがあるのだ。
彼女が彼女自身の部屋の真ん中に座り込んで、
頭を伏せて肩を震わせているところを。
やっぱり彼女は悲しみを一人でこらえているんだろう。
早く入籍して支えてあげたい。
結婚してから数ヵ月がたった。
彼女は、僕と結婚したのが嬉しいのか、
前より明るく笑うようになった。
「旅行に行きたいわ」
あるとき彼女が言った。
僕は微笑んで言葉を返した。
「どこに行きたいんだい?」
「海外に行きたいわ。
……北米とか楽しそうね」
僕にはそんな貯金がなかった。
「わかった。
お金を貯められるように死ぬほど頑張る。
待ってて」
と言うと、彼女も
「楽しみに待ってるわ」
と言ってくれた。
僕は必死で仕事をした。
残業も頑張った。
最近妙に疲れやすくて、
日に日に疲れがたまっていく。
でも旅行のためだ。
頑張ろう。
しかし、急に調子がひどく悪くなって、
僕は倒れてしまった。
そして、二度と目覚めることはなかった。
「本当に楽しかったわ、ありがとう」
女はそう言って火葬場を後にした。
彼女の夫の火葬だ。
彼女がこれから向かう先は、空港。
お金も十分にある。
「それにしても、使っても案外ばれないものね……」
【解説】
彼女は結婚してから夫の食事に少しずつ毒を混ぜ、
そして、夫の死が疑われないように忙しい環境を作り出して、殺した。
殺しがバレたら面倒なことになるため、
彼女は海外に高跳び。
お金は夫が必死で働いて作ったお金。
息子も死んでいるため、相続は彼女だけ。
前夫の分もあり、
保険金も貰っている可能性もあるため、
そこそこお金があるのだろう。
現実でも起こり得ることだから
こういう話は現実味があって恐ろしい…。