春の暖かな陽気の中、
街を一望できる丘に、
俺は車椅子に身を預ける妹を連れて花を見にきた。
―――1年前、
両親と妹は無差別殺傷事件の被害にあい、
両親は死に、妹は下半身不随の身となった。
連絡を受け、
急いで病院に駆けつけたあの日の事を思い出す。
最初、家族には会わせてもらえず、
看護師から鞄等を見せられ、
家族の持ち物で間違いないか等を確認させられた。
俺が家族の物に間違いないと言うと、
看護師は俯いて去っていき、
代わりに医者が現れた。
医者はまるで世間話でもするかのような口調で、
両親が無惨な姿で死んだ事を俺に語った。
そして如何に自分が尽力したかを熱弁し始め、
話がその医者の自慢話になってきた頃、
俺はしびれをきらして妹の容態を聞いた。
医者は
「あ~…」
と言い、
俺を病室に連れて行った。
そこで俺が目にしたのは………
足がない妹の姿だった。
ショックのあまり言葉を失った俺に医者は、
妹は腰にも致命的な裂傷を負っており、
義足を着けても、今後下半身を動かす事はできないと、
何でもないことのように妹の絶望的な状況を説明した。
更に非情な医者は、
虚ろな目をした妹の前で
『もしかしたら彼女も死んでいたかもしれなかったんだ。
この状態でも生きているのは運が良いよ』
と言ってのけた。
俺は、あの時の医者の顔を忘れない。
俺の家族に起きた事は、
自分には関係がない、他人事だ、
という顔。
その後、
妹は医者が作成した退院予定表よりも
早く退院することが出来た。
何でも、
妹が帰宅を強く希望したかららしい。
退院の日、
帰宅する車中で妹は号泣し、
どれほど入院が苦しいものだったかを
嗚咽まじりに話してくれた。
妹はとにかく、
精神的に耐えられなかったのだという。
見舞いに来る親族や友人・知人は皆、
医者と同じ顔をしていた…
心配をしながらも、
対岸の火事といった顔。
入院していると、
嫌でもそんな彼等を出迎えなければならない。
だから、妹は早く帰りたかったのだ。
身体だけでなく、
心にも深い傷を負った妹が元気になるよう、
花が大好きな妹の為に
俺は球根栽培法という本をプレゼントした。
妹は一瞬きょとんとした顔をしたが、
ページをめくるとすぐに、
「お兄ちゃん、ありがとう!」
と言い、
一心不乱に本を読み始めた。
久しぶりに見た妹の笑顔に、
俺は妹の為に何でもしてやろうと誓った。
本を一通り読み終えると妹は、
「私が見た世界で一番綺麗なお花を、
必ずお兄ちゃんにも見せてあげるね。」
と言い、
眩しいばかりの笑顔を見せた。
それから日を追うごとに、
本には赤い字で様々な事が書き込まれていった。
その本には、
球根栽培法について必要最低限の事しか書かれていなかったから、
妹が保管方法や上手く作るコツ等を
ネット仲間を通じて情報収集し、
書き込んでいったのだ。
数ヵ国を話せる妹だからこそ、
出来たことだ。
そして今日、
神様が見守ってくれてるかのような澄みきった青空の下、
ついに俺達は『世界で一番綺麗な花』を咲かせた。
【解説】
突然の不幸に見舞われた兄妹だが、
周囲の人たちは所詮他人事。
そんな薄情さに怒りを覚えた兄妹は
『球根栽培法』を軸に情報収集し、
爆弾を作成。
妹が言っていた
『世界で一番綺麗な花』は
飛び散る血のこと。
兄妹は爆弾を仕掛け
飛び散る血を見て満足したのだろうか?
おそらく、突然の不幸に見舞われた自分達に対して
他人事としか思っていなかった薄情なものたちに
同じような想いをさせたいのだろう。
いや、生きている人全てに…かもしれない。
この兄弟たちは
死ぬまで爆弾魔として生きていくつもりなのだろう…
…爆弾が仕掛けられたところに必ず車椅子の兄妹がいたら
すぐに疑われそうだが…