彼女はいきなり、別れたいと言い出した。
その日は俺の誕生日だった。
俺はアパートで独り暮らしをしていたのだが、
仕事から帰ると必ず部屋が掃除されていた。
彼女に合鍵を渡していたが、流石に毎日掃除してくれるとは考えにくい。
不審に思いつつも、帰宅の際には、
誰もいない整頓された部屋に迎えられる日々を送っていた。
それは俺の誕生日のときも同様であったが、
誕生日は彼女と俺の部屋で祝うことを常としていたので、
俺は彼女の不在に違和感を感じた。
彼女を部屋に呼ぶと、やってきた彼女は開口一番、
この浮気野郎、と俺を罵倒した。
彼女曰く、俺の部屋でパーティーの準備をしていたとき、
突如として見知らぬ女が現れ、
「私の彼を汚さないでよ!」
と叫びながら襲いかかってきたらしい。
そのとき俺は、その女こそが俺の部屋を掃除している張本人であることを悟った。
俺はこれまでの経緯を話し、その女は浮気相手ではなくストーカーだと主張した。
彼女が信用しないので、俺はその女を捕まえて
俺が潔白であることを証明させることにした。
翌日、俺は普段通りの時刻に部屋を出て、頃合いを見計らって部屋に戻った。
案の定、部屋には見知らぬ女がいたので、俺は女をその場に座らせて、
「おまえは誰だ?俺に恨みでもあるのか?」
と問い質した。
女は
「ワタシハ…アナタニ…ヘヤニコイ…」
と呟いたような気がするが、よく聞き取れなかった。
その間も女は部屋を片付けようとするので、
堪り兼ねた俺は女が持っているものを叩き落した。
女は俺を睨みつけ、どこからともなく包丁を取り出し、こう叫んだ。
「私の彼を汚さないでよ!」
次の日、近所のゴミ捨て場で男性の死体が見つかった。
彼女とは別れざるを得なかった。
【解説】
ストーカーが呟いていた
『ワタシハ…アナタニ…ヘヤニコイ…』
は
『私は…貴方に…部屋に来い…』
という意味ではなく、
"部屋に恋"
という意味であった。
なので、ストーカーは毎日掃除をし、
語り手がストーカーが持っていたものを叩き落としたら、
『私の彼を汚さないでよ!』
と包丁で刺されてしまった。
最後2行は語り手が変わり、
『俺の部屋』の視点である。
男性の死体は前半の『俺』と言っている語り手。
彼女は捕まったために別れざるを得なかった。
部屋に恋する、というのは正直理解できないが、
世の中には色んな人がいるので、
いてもおかしくないだろうとは思ってしまう。
どういう視点で見えるのかは
非常に気になるところであるが…
というか、このストーカーは
『俺の部屋』に恋したから
部屋を掃除したりしていたのだろうが、
そもそも『俺の部屋』との出会いはどこだったんだろうか…