『もしもし、今電話だいじょぶ?』
「大丈夫だよ。どうしたの?」
彼女の抑えたような声を聞きながら、俺は欠伸を噛み殺した。
『実は今、私、つけられてるみたいなんだ』
彼女の一言に、一気に眠気が吹き飛ぶ。
「えっ、本当?」
『うん、駅からずっとついてきてるみたいなんだけど...』
「それってこないだ言ってたストーカーって奴?」
つい先日、彼女はストーカーの被害にあっている。
自分が出したゴミをあさる不審者を見たのだ。
『違うみたい。この前の人は冴えないオジサンだったけど、
今ついてきてるのは若い人だから』
「そう...大丈夫?家の人に迎えにきてもらったら?」
『今夜は家に誰もいなくて...そうだ、ちょっと待って』
少しの間が空き、一転してやけに大きな声で彼女が喋りだした。
『あ、迎えにきてくれるの?帰るついでに?じゃあパトカーで来るの?』
俺は思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
これだから彼女が好きなのだ。
『えー、普段は警察っぽくないんだからたまにはそれっぽくしてよー...
はいはい、じゃあよろしくね』
彼女には確かに警察官のお兄さんがいる。
その兄が迎えにくると思わせようというのだろう。
『...やった!上手くいったわ。ついてきてた人、途中でいなくなったみたい』
はしゃいだ声で彼女は言った。
おそらく、たまたま途中まで同じ帰り道の人だったのだろうが。
「本当?まだ心配だな...そっちに行って家まで送ろうか?」
『ううん、あと少しで着くから大丈夫よ。
心配かけてごめんね。じゃあまたね、ミカ』
彼女は電話を切った。
俺は右耳につけていたイヤホンを外す。
今夜、彼女はこの家に一人、もうすぐこの道を通って帰ってくる。
冴えないオジサン、なんて評価もきっと改めてもらえるだろう。
【解説】
彼女はミカという女友達と電話をしていた。
語り手は彼氏ではなく、彼女のストーカーであり、
彼女の電話を盗聴し、行動を逐一把握していた。
『もうすぐこの道を通って帰ってくる。』
『冴えないオジサン、なんて評価もきっと改めてもらえるだろう。』
この道を、ということは、
ストーカーは道で待ち伏せしている。
果たして…その道端でストーカーは
彼女に何をするつもりなのだろうか…?