「て、店長!太郎さんご来店です!」
私が店に入ると同時に、ウエイトレスの悲愴な叫び声が響いた。
―ゴキブリでも出たのか
「太郎さん」とは飲食店における符号で、本来居てはならない物を発見した時、
客に気取られずに店員同士の意思疎通を計るものだ。
だが通い慣れたこの店。
今さらゴキブリが出た程度で行きつけの店を変える気にはなれなかった。
私はウエイトレスを気にせずカウンターの一番奥に腰掛けた。
【解説】
『太郎さん』はGではなく、語り手のこと。
『ウエイトレス』が悲愴な叫び声を出すほどとは…
語り手が『本来居てはならない』ということであるが、
果たしてこの語り手は一体何をしたのだろうか…。
クレームをつけるのか、
食べ方が汚すぎて周りの客からクレームが来るのか…
いずれにせよ語り手は気づいていない。
知らぬが仏、とは言うものの、
自分自身が知らぬ間に迷惑をかけてしまっているのは
なんとも怖いものである。