ああ、暑い。
前も後ろも右隣も、動かない車で景色が塞がれている。
もう夕方だろうか、燃えるような夕陽が差し込んでくる。
車内に閉じ込められてから、1時間は経つだろう。
ラジオを聴いていると、どうもこの辺りで車数台を巻き込む大きな事故があったらしい。
死人も出たみたいだが、その辺りの情報は隣りの車の男がやけに詳しかった。
携帯しているペットボトルから麦茶を飲む俺に、同じく隣で立ち往生している男が話しかけてきた。
・・・なあ、ひどい汗だな。
今日は暑いのに、ツイてねぇな。
黙って暑さに耐えているよりは、誰かと話しているほうが気も紛れるだろう。
俺が事故の話題を振ると、その様子をまるで見ていたように事細かに語ってきた。
・・・首がさ、取れかけてたンだってよ。
こうボキっと。
そうして天を仰ぐようにがくんと頭を倒してみせた。
どうやら玉突き事故を起こした車の持ち主のことらしい。
俺はまた、麦茶を飲んだ。
汗が噴きでる。暑さのせいか?
適当に相槌を返しながら、俺は体にまとわりつくTシャツを引っ張っていた。
ふいに男のふざけた表情が、喜びの顔に変わる。
・・・じゃ、お先に。
隣の車線がゆるゆると動き出し、坂道を登り始めた。
ああ、ここは坂道だったろうか。
俺の車線はまだか?
いくら飲んでも飲み足りない。
妙に汗がベタついて嫌だ。
【解説】
語り手も玉突き事故の車の一台。
『車内に閉じ込められてから』
は事故で変形してしまった車、
そして負った怪我があり車内から出ることが出来ない。
『汗が噴きでる。暑さのせいか?』
『妙に汗がベタついて嫌だ。』
噴き出てるのは汗では無く血であろう。
だからこそ、ベタついてしまう。
『死人も出たみたいだが、その辺りの情報は隣りの車の男がやけに詳しかった。』
『・・・首がさ、取れかけてたンだってよ。
こうボキっと。
そうして天を仰ぐようにがくんと頭を倒してみせた。』
おそらく首が取れかけたのはこの隣の車の男自身。
だからこそ詳しく話せるし、
天を仰ぐようにがくんと頭を倒すことができたのだろう。
きっとこの男自身はすでに死んでしまっている。
『・・・じゃ、お先に。
隣の車線がゆるゆると動き出し、坂道を登り始めた。』
とは、今まさにレッカー車で運ばれている。
『ああ、ここは坂道だったろうか。』
と、今の現状をまともに把握していないため、
錯乱状態かもしくは語り手自身も死んでしまっているだろう。