風呂から上がると妻の様子がおかしかった。
どこかよそよそしく、私の目を見て話さない。
まさかまた携帯を見られて、私の浮気がバレたのか?
だとしたら陰気な妻のことだ、
そうとは一言も言わず、
私の携帯の着信履歴やメールやアドレス帖を削除しているはずだ。
実は以前にも浮気がバレた時にそうされたことがあった。
私は妻の気配を伺いつつ、何気なさを装って携帯を開いた。
…良かった。何も消されていない。
その時ちょうどメールを受信した。…浮気相手からだ。
「ひどい、なんでそんなことを言うの、あなたの望むとおりにしてやる」
私は訳が分からず、自分のメールの送信履歴を見たが不審な点はない。
妻の手前、電話をかけるわけにはいかない。
メールで返信することにした。
「どういうことだ?何かあったのか?」
メールを打ちながら気付いた。
予測変換候補に次々不吉な文字が浮かび上がる。
「ど」なら、「どこまでも」、「い」なら、「生きていても」
「こ」…「殺して」、「だ」…「騙す」、
「な」…「泣き言は」「殴り殺す」…………
「あ」…アソビダッタ、あなた、愛してるって、遊び……。
…ああ、妻はやはり消していたのだ。
【解説】
妻は語り手の携帯の着信履歴や
着信履歴やメールやアドレスを削除したわけではなく、
妻が語り手の携帯から送ったメールを削除していた。
語り手になりすましてメールを送っているため、
浮気相手から、
『ひどい、なんでそんなことを言うの、あなたの望むとおりにしてやる』
という返信がきている。
予測変換で、
『殺して』
『生きていても』
『殴り殺す』
などが出ているため、
『あなたの望むとおりにしてやる』
というのは
「別れてやる」
ではなく、
「死んでやる」もしくは「殺してやる」
という意味なのだろう。
恨みを持たれるのは非常に怖いものである。
それにしても、浮気している語り手が
『陰気な妻』と表現しているように
悪気が一切ないところも
また怖いところの一つに感じてしまう。