「時間だ」
今日は、いよいよ大会の日だ。
俺は係員に誘導され、
送迎車に乗せられ、会場へ向かう。
高校で柔道を教えていた俺がこの寮に来てから、
もうすぐ1年になる。
ここの寮長はとても暴君で理不尽だ。
特に、弱い者にはとにかく荒い。
彼にとっては、弱者など虫けら以下なのだ。
愛する妻の写真を見て、自分を奮いたたせ、
俺は柔道着に着替える。
試合会場に入って5分後、開会式が始まった。
開会宣言をするのは、例の寮長だ。
「ただいまより、第13センター、柔道大会を始める。
いいか、表彰されるのは優勝者のみだからな?
それ以外の奴は、クズだ!」
彼の話を聞きながら、
俺は拳に力を入れる。
ふざけんな。人を何だと思ってんだ。
妻の顔を頭に思い浮かべる。
俺はこの二ヶ月、死ぬ気で稽古した。
彼女のために、死んでも優勝してやる。
絶対に、だ。
いよいよ、俺の試合。
開始ニ分後、背負い投げで倒す。
初戦突破だ。
あと5回で優勝だ。
俺に負けた奴は、
あまりのショックに泣き崩れ、
へたりこんでしまった。
とても自分では歩けないので、
係員に誘導され、
敗者の席へと向かう。
ドーンドーンドーン
会場は響きわたる衝撃音で埋め尽くされる。
俺は哀しい。
いつから柔道はこんな哀しいものになってしまったのだろうか…
しかし、同情などしてられない。
順調に勝ち進んだ俺は、
ついに決勝戦へとコマを進めた。
緊張の一戦。
だが、妻に会う事を願う俺に、敵はない。
たちまち背負い投げを決め、遂に優勝した。
表彰台に上がり、金メダルをかけてもらう。
京子(妻の名前)、俺、勝ったぞ。
もうすぐお前に会える。
良かった、上がる事になるのが表彰台で。
良かった、首にかかるのが金メダルで。
【解説】
柔道をしているのは死刑囚達。
優勝した一人だけが釈放される。
『ドーンドーンドーン』
という音は、
柔道で叩きつけられる音ではなく、
絞首台の床が壊れる(開く)音。
もし負けていたら
絞首台に上がり、首にロープがかけられていたため
『良かった、上がる事になるのが表彰台で。
良かった、首にかかるのが金メダルで』
と強く思っている。
生きるために柔道を行っているから、
『いつから柔道はこんな哀しいものになってしまったのだろうか…』
と思ってしまうところである…。