友人の住むマンションのエレベーターは、
奥が鏡張りになっている。
家に遊びに行った時、
その友人が俺にこんな話をした。
「エレベーターって、入口の方を向いて乗るじゃん、
そうすると鏡が背後でしょ」
「ま、確かに。普通はそうやって乗るね」
「でね、乗ってる時に、
なんだか背後に視線を感じる時があるんだよね・・・」
「え?おいおいまさか・・・」
「だけどよーく考えたらさ、
背後の鏡に映ってる自分の視線なんだよね」
「やっぱりそう来たか。
そりゃお前、勘違いってヤツだぞ。
背後の鏡に映ってる自分は背中を向けた自分。
視線など感じるわけがない」
俺がその理論を述べると、
友人は「あはは、そっかー」と笑っていた。
夜も更け、
友人宅をおいとました俺は、
件のエレベーターに乗る。
ん?
・・・なんだか背後に視線を感じる?
そんな馬鹿な話あるわけない。
さっき理論的に解明したばかりじゃないか。
気になり、背中を向けたまま手鏡で覗いてみる。
もちろん映るのは俺の背中。
ふと振り返ると、
鏡に映るのは眼鏡をかけた俺の顔。
・・・当たり前の事だ。
馬鹿馬鹿しい、何やってんだ俺は。
自嘲の笑いが込み上げて来た瞬間、
突然グラッと大きな揺れを感じる。
地震だった。
エレベーターは止まり、
白い蛍光灯が消え、
代わりに薄暗い電球が灯った。
非常停止状態らしい。
咄嗟の事にうろたえる俺が鏡に映っている。
が、すぐにまた蛍光灯がつき、
エレベーターも何事なく再び動き出した。
1階に着き、駐車場へ向かう。
ちょっと焦ったせいか鼓動が少し早い。
車に乗った。
俺は
「あれ、エレベーターに眼鏡忘れたかな?」
と思った。
だが、眼鏡はちゃんとかけてあった。
なんだ・・・動揺して気が変になったか。
それにしても、
なぜ眼鏡忘れたなんて思ったんだろう。
なんか違和感があるな。
【解説】
語り手は
「鏡の世界」に迷い込んでしまった。
理由は手鏡を使ったことで
意図せず「合わせ鏡」になってしまったから。
地震のような揺れとともに
語り手は鏡の世界へと迷い込んでしまった。
語り手が違和感を感じたのは
鏡の世界では現実世界とは違って
左右反対だったからだろう。
語り手はこれから鏡の世界で
どうやって生活していくのだろうか?
案外普通に生活できるものなのだろうか…?