ドアを閉め、
荒い息のままその場に座り込んだ。
呼吸を落ち着けて、辺りを見回す。
ここは廃校になった学校の教室。
板張りの床に埃をかぶった机と椅子がぽつぽつと点在しているのが、
廊下側の窓からうっすらと射し込む月明かりで確認できる。
時刻は深夜1時過ぎだ。
なぜ私はこんな夜更けにこんな場所に駆け込んだのか?
その事情は、5分ほど前の出来事にある。
残業が終わり、
一人路地を歩いて帰っていたところを、
二人組の男に襲われたのだ。
刃物で切りかかられたが、
運良くカバンを切られただけで済んだ。
そのままカバンを捨てて必死に逃げて、
開け放たれたこの学校に入った次第である。
近頃ニュースで連続強盗殺人の話が取り上げられていたが、
まさか私が襲われるとは思ってもいなかった。
強盗犯である以上、
カバンの中に貴重品が無いと分かった奴らは私を追ってくるだろう。
まずは携帯で助けを呼ばなければ。
すぐさま警察に電話するべきだろうか。
けれど電話中に犯人が来てしまったら一巻の終わりだ。
家族や友人にメールして知らせる方が良いだろうか。
『ギシッ』
廊下の奥から床を軋ませる大きな音が聞こえてきた。
奴らだ。
ギシギシと音を立てながら、
足音が近づいてくる。
震える身体を必死に抑え、
息を殺す。
音さえたてなければ、
素通りしてくれるかもしれない。
そんな希望にすがり、
目を閉じて神様に祈る。
そしてとうとう、
足音は私の背後、ドアの前で止まった。
このドアを開けられたら死を覚悟するしかない……
『キシ』
ドアは開けられず、
足音はキシキシという床の音と共に
校舎の奥へと離れていった。
助かった。
今ならここを出て家まで走ればきっと逃げ切れる。
手に握り締めていた携帯をポケットにしまって
ゆっくり立ち上がる。
そして、そっとドアを開いた……
【解説】
語り手は
足音が離れるのを聞くまで
携帯を握っている。
夜の教室で月は廊下側。
そして、ドアに背を向けているため、
携帯の光が漏れてしまっている。
その光によって
強盗犯は教室内に人がいることに気づいた。
ここですぐにドアを開けてもいいが、
鍵を掛けられていたら面倒だし、
教室の中に入って隠れているのを探している間に
また逃げられても面倒。
そのため、
語り手に「ドアの前からいなくなった」と思わせるために
二人の内一人が足音を立てて離れた。
そして、残った一人が
ドアが開くのを待っているため…
語り手は生き残ることはできないだろう。