とある医学研究所。
新薬の治験だそうだ。
副作用がとても少ない薬とうたわれ、
多額のバイト代に、一もニもなく飛びついた。
「どんな薬なんですか?」
目尻に笑いジワのある看護師に問う。
「退屈しのぎだそうですよ」
不思議な言葉が返ってきた。
「その通り!」
初老の、白衣を着た男性がしゃっきりとした口調で、
不思議な言葉を引き取った。
「今回の薬は退屈な時間を『感じなくなる』薬なんだ」
これぞ得意満面。
見ていて気持ちいいくらいの。
「さっそく始めよう。
君はこの薬を摂取し、効果が切れまでの間、
体感時間がどのくらいだったか教えてくれればよろしい」
気を楽に、と付け加えて、
初老の男が注射器を手に取る。
針はない、経皮的に打ち込むタイプ。
ぷしっ!
皮膚に圧感。
の、直後、
ぐるん!と世界が急速度で回った…ような気がした。
たまらず目を閉じる。
その違和感はやがて潮が引くように消えた。
目を開ける。
「目を開けました!」
あの看護師さんだ…いや、違うかな?
目尻の笑いジワがいやに深い。
「ああ、とうとう」
おっくうそうな、しわがれた声。
「ああ、君。
実は申し訳ないんだが治験は失敗だ」
誰だろう、この人は。
背中はえびのように曲がり、
顔はシワだらけだ。
失敗って、
こんな短時間で何がわかったんだ?
「薬液の希釈をせず、
原液を注射してしまったんだ」
おっくうな声は続く。
「つまりその、なんだ…そういうことなんだ」
どういうことだ!?
問いに答えるものはいない。
なにしろ声がでないのだから。
声だけではない、
体も動かせない。
骨が鉛に、
筋肉が石膏にでもなったようだ。
どういう…ことなんだ…?
【解説】
意識を失っている間に
長い年月が経っていた。
体は点滴など管だらけだろうし、
そこまでずっと寝たきりだとしたら
筋肉が衰えて動くのも難しいだろう。
美味しい話に飛びついた結果、
色々と失ってしまった語り手。
これからどうするのだろうか…