『おい早くしろよ』
『あなた、もう少し待って』
全くどうして女というものは、支度が遅いんだ。
『もう、ケンちゃん大人しくしなさい。おとうさん待ってるわよ』
妻はそう言いながら騒いでるケンを静かにさせようとしてる。
背広姿の俺は、タバコをとりだし一本くわえ火をつけた。
『あらあなたこんな時までタバコなの?本当にヘビースモーカーね』
妻は笑いながら俺に言った。
『いいじゃないか。最後に一本行く前に吸いたかったんだよ』
そう言いながら俺はタバコの味を満喫した。
『しょうがないわね。ほら準備できたわよ』
あれだけ騒いでたケンもやっと静かになった。
『あら』
『ん?どうした』
『あなたここ緩んでわよ』
そう言って首もとを指差した。
『あっいけねぇ』
『もう本当にあなたドジね』
そう言いながら妻は俺の首もとに手を伸ばし結んでくれた。
『はい、できたわよ』
『ありがとな。あとは、完璧だな』
『もう急にお父さんお母さん驚かないかしら』
『大丈夫。孫の顔見れば喜ぶさ』
そう言いながらケンの寝顔を見た。
『あなた……』
『ん、なんだ?』
『愛してるわ』
『急にあらたまってどうしたんだよ』
『なんか言いたくなっちゃって』
そうだなぁ…最近忙しくてこんなこと全然言わなかったもんなぁ…
『俺も愛してるよ』
妻が嬉しそうに微笑んだ。
『んじゃあ…行くか』
『なんかドキドキするわね』
『大丈夫。みんな一緒なら怖くない。だろ?』
『そうね。ふふ』
こうして俺たちはやっと結ばれた。
【解説】
首吊り自殺で一家心中。
『最後に一本行く前に吸いたかったんだよ』
→ 死ぬ前の最後の一本
首もとが緩んでいる
→ 首吊り用の縄が緩んでいる
『みんな一緒なら怖くない』
→ 一緒に死ねば怖くない
『もう急にお父さんお母さん驚かないかしら』
『大丈夫。孫の顔見れば喜ぶさ』
というところから、
両親はすでに他界しており、
死んでから再会することを示している。
このあと首吊りにより
もがき苦しみながら死んでしまうのかと思うと
なんとも切ない気持ちになってしまう…
※【解説】が抜けていたので追加しました。
コメントありがとうございました。