薄暗い一室。
そこには、僕を含めて四人の男女がいた。
生温く湿度を多く含んだその空間は、
形容しがたい息苦しさを発していた。
鼻にくるカビ臭さに辟易しながら、
僕は椅子に腰かけた。
椅子は僕の体重にギシギシと悲鳴を挙げる。
室内には、腐ったように黒ずんだ木製のテーブルと、
いくつかの椅子だけがインテリアとして存在している。
まるで、独房のようだ。
なんて、なかなかに的を射た表現である。
「さて、全員の意志は確認できたな」
長髪の男がガラガラした声を挙げた。
「ええ」
「大丈夫だ」
続いて、
ショートヘアの女と、
金髪の男が声を挙げる。
全員が僕の顔を見つめる。
息が詰まりそうだ。
「ああ、僕もそれでいいよ」
そう発した言葉は酷く掠れていた。
「よし。なら始めるぜ」
長髪がテーブルの上に一丁の拳銃を放り投げる。
その音は室内に反響して、
僕の胸の内にまで響く。
黒くメタリックなフォルムの鉄の塊は、
どうしようもなく死の象徴であった。
「じゃあ、配るわね」
ショートヘアがテーブルについた僕たちにカードを配る。
トランプだ。
室内に、
ただカードの擦れる音だけが響く。
酷く息苦しい。
「んじゃ、ババ抜き開始ってことで」
金髪が煙草をくぐらせながら、
悲痛に笑った。
全員がペアになったカードを捨てていく。
テーブルの中央には、
早くもカードの山ができた。
僕の手札は六枚。
まあまあだ。
ふと窓の外を眺める。
既に外は真っ暗になっている。
暗く冷たい外を眺めていると、
もう、すぐそこに死を感じている。
テーブルの上の拳銃も、
銃口を僕に向けて置かれている。
その丸く暗い穴は、
窓から見える風景と重なって見えた。
こちらも、死を感じられる。
「じゃあ、俺から引かせてもらうぜ」
長髪がショートヘアのカードを引く。
「ちっ!!」
どうやらペアにならなかったようだ。
「次は私ね」
ショートヘアが金髪のカードを引く。
途端に微笑む。
そして、
カードを二枚テーブルの上の山へと置く。
ジャックだ。
「俺の番だな」
金髪が僕のカードを引く。
2だ。
金髪もカードを捨てていく。
次は僕の番だ。
長髪のカードを引く。
当たりだ。
僕はカードを捨てる。
3だった。
途端に長髪の顔が歪む。
いまのところ、
一番勝ちに遠いのが彼だからだ。
しかし直ぐに、通常の表情へと戻す。
呼吸が荒いが、
確かに冷静ではいるようだ。
息苦しい。
ゲームを続けて今どれくらい経っただろう。
ゲームは進展を続けて、
現在殆どのメンバーが二枚にまで手札を減らしている。
終盤だ。
「ったく…。なんでこうなったんだろうなー」
不意に金髪が呟いた。
「ま、あくまで運命と割り切るまでよ」
ショートヘアが達観したように言った。
だが、彼女もまた震えているのを僕は見た。
「あーあ…。俺、助かったら惚れた女に会いに行くわー」
長髪も口を漏らした。
途端に金髪もショートヘアも噴き出す。
「ふふふ!!あなた、死亡フラグがたったよ!!」
「あー、もう御愁傷様」
笑い続ける二人に、
長髪もヤケクソ気味に言った。
「うるせえな!!どうせ、みんな死ぬんだよ!!」
「はんっ!!違いねー」
「ええ、そうね」
そう言って、
彼らはカードに目を落とした。
そろそろ決着が付くのだ。
僕もカードに目を落として、
静かに戦況を見守った。
田舎にある故郷の実家。
昔から、その地で農家として暮らしてきた両親。
そんな両親に反発して、
都会の大学へと進学した僕だった。
「貴方の事を待ってる」
と言った実家の隣に住む幼馴染みの女の子。
「なんかあったら帰ってこい」
と肩を叩く親友。
他にも、沢山の友人の姿を思い出した。
嗚呼、帰りたいな…。
もし、助かったら、
僕はあの場所へ帰ろう。
僕には帰る場所があるんだから。
絶対、帰る。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
三人が僕に言った。
僕はゲームに勝利したのだ。
息苦しさが僕の心と肺を押し潰す。
「ほら、使いな」
長髪が僕に拳銃を差し出した。
「何してんの?
さっさと使いなよ。
勝ったんだから」
ショートヘアが言った。
「俺らはいいから、さっさと死にな」
金髪もいつもの悲痛そうな表情で呟く。
「い…い…嫌だ…」
必死に絞り出した声は、
自分のものとは思えない程に、掠れていた。
「僕は…帰るんだ…。あの場所へ…」
パンッ。
乾いた音を僕は最後に聞いた。
最後に脳裏に浮かんだのは、
やっぱりあの場所の風景だった。
「ここで撃っちゃうのがお前の凄いところだ」
俺は目の前のショートヘアの女に言った。
「だって、勝ったんだよ、彼。
しかも死ねてさ。羨ましい」
まあ、確かにそうかもな。
俺は、撃たれた男の瞼を閉じてやる。
眼にはもう俺の姿は映ってない。
彼の眼には涙が溜まっていた。
「まあ、俺らもすぐそっち行くからよ。
先に待っててくれ」
溜め息をつく。
息苦しい。
そろそろ限界だな。
「なあ、本当に一発しか弾ないのか?」
「ああ、ないね」
長髪が答える。
「ってかなんで拳銃なんか持ってた訳?」
続けて質問する。
「ん?偶々だよ、偶々」
ヒラヒラと手を振る長髪。
食えない男だ。
息苦しい。
「他の奴等もみんな死んだよな?」
ドアを見ながらそう聞いた。
「死んでるんじゃない?100人は死んでるわね」
「途方もないな…」
「あなたの笑い方って見ていて痛々しいわね」
はは…。よく言われる。
息苦しい。
視界が霞む。
「あーあ…。船旅行なんざ参加しなきゃよかった…」
揺らぐ意識の中、
「同意」という二人の声が聞こえた。
【解説】
登場人物がいるのは
沈没する船の一室。
徐々に酸素がなくなっていっているため、
息苦しさを感じている。
そこで、窒息死よりも
銃で一瞬で死ぬ方がいいだろうと提案した。
ただし、銃には一発しかないため、
ゲームで誰が死ぬかを決めた。
持っていた本人がこの銃で死ななかったということは
銃で死ぬことに抵抗を感じたのだろうか?
「どちらの死に方がいいか?」と問われたら
苦しまずに死ねる方と答えそうだが、
いざその場に放り出されると
答えに困ってしまいそうである。