ある日、男が家に電話をかけると、
彼の妻ではなく知らない女が電話を取った。
不審に思った男は彼女にたずねた。
「誰だね君は?」
「私はこの家で働いているメイドです」
「うちではメイドは雇ってはいないはずだが…」
「ええ、でも私は今日奥様に雇われたばかりなので、
ご主人にはお会いしていません」
夫はまたかと思い、苛立ちを隠さず言った。
「妻に替わってもらえるかね?」
「奥様は今寝室で休んでおいでです。
いっしょにいる男性がご主人だと私は思っていたのですが…」
それを聞いた男は何かを考え込むようにだまり、
そして思いきったように言った。
「君は5万ドルほど稼いでみる気はないかね?」
「…どうすればいいんですか?」
男は静かに言った。
「電話台の下の引き出しに拳銃が入っている、
弾は既にこめられている。
君がやるのは二階へ行って二人を撃ち殺すことだ。
できるかね?」
「分かりました。やりましょう」
受話器が置かれる音がした。
そして階段を上っていく足音が聞こえた。
そのあと2発の銃声が聞こえた。
そしてまた階段を降りる足音がした。
メイドが電話に戻った。
「もしもし」
男はほくそえんで訊いた。
「やってくれたかね」
「ええ、死体はどう処分しましょう?」
「そうだな、プールにでも放り投げておいてくれ」
「プール?家にはプールはありませんが…」
【解説】
『プール?家にはプールはありませんが…』
からわかるように
語り手は自分の家とは違う家に電話をかけていた。
なので、寝ていたのはもちろん
そこの奥さんと本当のご主人。
5万ドルで安請け合いしたメイドだが
結局その5万ドルを支払われることはないだろう…
本当のご主人ではないのだから…
ただ、少し気になるところがある。
『ご主人にはお会いしていません』
と言っている割には
『いっしょにいる男性がご主人だと私は思っていたのですが…』
とも言っている。
そのご主人のことはチラ見しただけで
きちんと会っていないから
『ご主人にはお会いしていません』
と言っているだけ?
それとも実際に会ってはいるものの、
「あんな人をご主人だと認めたくない!
…でも他にいないし、ご主人としか考えられない…」
という気持ちがあった?
そこで言葉に矛盾が…。
ご主人とは思いたくなく、
何かしら嫌がらせなどをされていたために
「あんな人は私のご主人ではない!」
と思って、
語り手からの電話を本当のご主人だと信じ
5万ドルで二人を殺すことを安請け合いしたか?
語り手からの電話を
本当のご主人だと思っただけであれば
さすがに騙されやすすぎである。
5万ドルというのが魅力なのもあって、
語り手をご主人だと思いたかったか?
何はともあれ
電話だけで殺しを安請け合いしたメイドが怖い…