「父さんをこっちに呼びたいんだけどいいかな」
義母が亡くなり、
1人で暮らすようになった義父を心配した旦那からの提案だった。
「それはいいけど…お義父さん、こっちの冬、大丈夫かしら」
私が生まれ育ったこの新潟の田舎町は、
豪雪地帯で知られている。
義父は九州から出たことがないと言っていたから、
雪国暮らしは大変だろう。
あれから半年。
すっかり雪の季節になった。
義父は、私や旦那が仕事に行ってる間に、
家のまわりの雪かきをしてくれるようになった。
それはいいのだが…
「田中さん、おたくのお父さん、うちの畑のほうに雪投げてくるのよ」
「困るんだよねぇ、道路に雪出されると」
家に帰ると近所の人に言われることが増えてきた。
雪国のルールはなかなか厳しい。
スコップの扱いにも慣れないから、
お隣の塀にぶつけて傷をつけたこともある。
どうしたものか…
2月、義父が川に落ちて死んだ。
雪かき中の事故にしては不審な点があるらしく、
自殺するような心当たりはないかと警察に聞かれた。
「60過ぎて知らない町に来て、いろいろ苦労はあったと思いますよ。
でも義父は馴染もうと頑張っていました。
雪かきなんかも、大変だしやらなくていいですよって言ったんですけど…」
【解説】
新潟の方言で
「しなくていいよ」
を
「しんでいいよ」
と言ったりする。
『雪かきなんかも、大変だしやらなくていいですよって言ったんですけど…』
と語っているが正確には
『(雪かきは)しんでいいよ』
と言ったのだろう。
九州出身の義父は
「死んでいいよ」と言われたと思い
自ら命を絶った。
『家に帰ると近所の人に言われることが増えてきた』
『スコップの扱いにも慣れないから、
お隣の塀にぶつけて傷をつけたこともある』
なんて出来事からも
義父は負い目を感じていたのだろう。
普通であれば会話の流れから
「しんでいいよ」の意味合いを
『死んでいいよ』なんて受け取るのはなかなか難しいけれども、
雪かきで迷惑をかけていることから
自分のことを邪魔な存在だと責めてしまい
自殺してしまったのだろう。
言葉というのは
時として別の意味で伝わってしまうから
今回のような言葉は方言とはいえ
気を付けないといけなそうだ。
ここから余談。
方言で意思疎通できなかった話にこんなものもある。
別れ際の挨拶で
「またね~」の意味で
「まずね~」という地域がある。
別の地域で
「んじゃ、まずね~」とついつい言ってしまったら
相手が立ち止まってこっちを見てきた。
なんだろう?と思ったら
「…で?」
と言われてしまった。
「ん?…で?って何が?」
と聞き返すと
「いや、『まずね~』って言ったよね?
なにか話が続くんじゃないの?」
と言われ、
別れ際の挨拶を接続詞として捉えられたのか…と。
「いやー、『まずね~』は別れ際の方言だったんだ!
ついつい出ちゃった」
ということで話は終わりだが、
別れ際の挨拶が相手が立ち止まってしまうような言葉として
捉えられてしまうのだから面白いものである。
他には
「そのゴミ投げといて」というのは
「そのゴミ捨てておいて」という意味だが、
これを他の地方で言ってみると、
全力でゴミを壁に投げられた!
という話も。
部屋の中でゴミを投げられたのだから困ったものだ。
ちなみに投げられたのはゴミ袋だが、
ばっちり穴が開いてしまったとさ。
「そのゴミ捨てておいて、という意味だったんだよ…」
と説明すると
「あー、そういうことだったのね。
何かに目覚めたのかと思ったわ~」
と。
何に目覚めればゴミ袋を全力で壁に投げつけてもらいたいと思うんだ…
などという疑問が残りながらも
異なった言葉の意味の受け取り方の怖さを知ったのでしたとさ。