おれと竹田はちょっとした沼のほとりにいた。あたりはやけに静かだ。
修学旅行の自由行動の時間、おたがいに自分の班から抜け出して適当にぶらついてたら、
いつのまにかこんなところに来てしまったのだ。
さざめく沼の水面を見ながら、おれはタバコに火をつけた。深く吸い込み煙を吐き出す。
ふと隣りの竹田に目をやると、
青ざめた表情でおれの指先のタバコを食い入るように見つめている。
「どした?」
おれは竹田に声をかけた。
「……なあ、そのタバコ」
「ん?」
「味がしないだろ」
竹田は切羽詰まった声で言う。
「なんだって?」
「するわけないよな。
そもそも、タバコなんか吸ったことないおまえに、味がイメージできるわけないよな」
竹田が何を言いたいのかさっぱり見えてこない。
……そう言えば、このタバコはいつ買ったんだっけ。
思い出そうとしてみるが、なぜだか頭がうまく働かない。
「なあ、そろそろ戻ろうぜ」
おれは急に不安になり促した。少し寒気がする。
「タバコどうした?」
それには答えず、責めるような強い口調で竹田が聞く。
「何が?」
「さっきまで吸ってたタバコだよ。指先にはさんでただろ。どこに消えたんだよ」
「さあ、どっかそのへんに投げ捨てたんだろ。何をそんなに怒ってるんだよ、竹田」
「おれは認めないぞ……こんなの。いいか、いまでもおれは完全否定派だからな」
「だから、何の話だよ」
「あそこを見ろよ。そして、何も見えないと言ってくれ。お願いだから」
竹田は沼の真ん中あたりを指差した。
おれは目をこらした。
水面下から黒いタイヤの表面が突き出しているのが見えた。
【解説】
語り手と竹田は修学旅行中に亡くなってしまった。
タバコは語り手が想像で作り出したもの。
修学旅行中ということは未成年なので、
タバコの味を知らない。
だから竹田が
『そもそも、タバコなんか吸ったことないおまえに、味がイメージできるわけないよな』
と言っている。
そして、竹田が目を背けたがっている方向を見ると、
『水面下から黒いタイヤの表面が突き出しているのが見えた。』
とある。
おそらく語り手と竹田は修学旅行のバスに乗っていて、
その事故で亡くなってしまったのだろう。