大学で日本の風俗を研究している私は、休みを利用して東北の海沿いの道路を歩いていた。
道路から階段が伸びていて、下には岩場がある。
ふと下りてみたそこには、1人の少女がいた。
少女は岩場を、何かを探すように歩いていた。
「何か探しているのですか」
私は声を掛けた。
「貝を」
少女は言った。
「幸せの丸い貝を探しています」
貝とはまた奇妙だ。
それは希少で高級な貝なのかと問えば違うという。
食用かと問えば、食べる人もいるが、と言う。
となると、恐らく貝殻が必要なのだろう。
「祭で必要なのです」と少女は言う。
「幸せの丸い貝が無いと、祭が台無しになってしまう」
その話に興味を持った私は祭のことを少女に問うたが、少女はよくわからないという。
親類が詳しいというので、頼み込んで家まで案内してもらった。
少女の家はまさに祭りの前日といった様子で、着くなりたくさんのご馳走で歓迎された。
酒が入っていたからだろう。
ろくに質問もせぬうちに私は眠ってしまった。
目を覚ますと、もう祭りは始まっていた。少女はいない。
私は一番近くにいた人に話し掛ける。
「幸せの丸い貝は見つかったのですか」
「ああ、もうここにあるよ」
やがて祭りは佳境に入り、私は幸せの丸い貝がどんなものなのか理解した。
ああ、それにしても奇妙な風習じゃないか。
【解説】
『幸せの丸い貝』
これらの漢字を組み合わせると、
贄
という漢字になる。
つまり、この祭りには『生贄』が必要であるため、
語り手が『奇妙な風習』と言っている。
語り手が食べたたくさんのご馳走には睡眠薬が入っていた。
お祭りの前日なのにご馳走が出るのはおかしい話なのだから。
そのため眠りについてしまう。
目を覚ました後、
『一番近くにいた人に話し掛ける』
なぜ『一番近くの人』と表現したのだろうか?
これはすでに拘束されていたりなど、
動けない状況にあるからであろう。
『幸せの丸い貝は見つかったのですか』
『ああ、もうここにあるよ』
ここ、という表現から語り手が生贄になることは間違いない。
『やがて祭りは佳境に入り、私は幸せの丸い貝がどんなものなのか理解した。』
佳境に入ることで、自分が生贄にされたことを理解した。
祭りのことが気になって、
『親類が詳しいというので、頼み込んで家まで案内してもらった。』
という行動に出てしまったが、
まさに「飛んで火に入る夏の虫」
しかも、『幸せの丸い貝』について問うた時、
『食用かと問えば、食べる人もいるが、と言う。』
ということは、この語り手は悲しくも
食べられてしまう運命にある。
幸せの丸い貝・・・確かに字としてはそうなのだが、
表面上だけで意味合いとしては非常に怖いものである・・・。