夏の終わりの夕暮れ時。
私は一人、
家路を歩いていた。
近所でも交通量が多いことで有名な大通り、
その歩道橋を昇る。
と、
その中程に背の高い男性が組んだ腕を手摺りに乗せて、
橋の下を覗き込んでいた。
男性は私に気付くと、
じっとこちらを見つめてきた。
その視線には、
『邪魔をするな』
と言わんばかりのあからさまな敵意が含まれている。
なぜ初対面の相手にそんな態度を取られなければならないんだ、
と気分を害されながらも、
顔を伏せ、目を背けて、
その人の横を通り過ぎた。
『ぐしゃっ』
直後、
歩道橋下から何かが潰れるような音が聞こえ、
悲鳴が轟いた。
咄嗟に振り向くと、
そこに先の人物の姿は無い。
残っていたのは、
綺麗に揃えて置かれたヒールだけだった。
【解説】
歩道橋から飛び降りたのは
ヒールの持ち主である女性。
しかし、語り手が見たのは、
背の高い男性だけだが、
振り向いても男性の姿はない。
この男性は自殺した女性にとり憑いていた
幽霊だろう。
男性が語り手を睨んでいたのは、
語り手を威圧して女性の自殺を止めさせることなく、
完遂させるため。
果たして、女性は自らの意思で自殺したのだろうか?
それとも、この男性の幽霊に自殺するように仕向けられたのだろうか…?