その女は次の日もやって来ておれを指名した。
「えーお客様、昨日カットされたばかりだと思いますが……何かお気に召さないことがございましたでしょうか?」
「ううん、そうじゃないの。あなたの腕前が気に入ったから、今日もお願いしたくなっただけ」
指名してくれるのはありがたいけど、わざわざ二日続けて来るなんて。物好きな客だな。
希望通りに昨日と同じ整えるぐらいのカットをし、仕上がりの具合を確認する。女は満足げにうなずいた。
次の日、女は三たびやって来た。
「あの、お客様……」
「悪いわね、今日になったらまた気分が変わって。思い切ってショートにしてもらおうかな」
薄気味悪いものを感じたが、べつに営業妨害というわけでもない。
要望通り、かなり短めのショートにする。ここまで短くすればさすがにもう来ないはずだ。
「もし明日も来たら、間違いなくストーカーか新手の営業妨害だな。気をつけろよ」と
店長に言われる。はっきり言って笑えない。
嫌な予感は的中し、女は四日連続で店の扉を開けた。
「お客様、申し訳ありませんが……」
「あらごめんなさいね、あなたに髪を切ってもらうのが楽しくて。それに、
ここまで来たら思い切ってスキンヘッドもいいかなって気がしてきたの」
「申し訳ございませんが当店ではスキンヘッドには出来ません。他のお店に
行かれてはいかがでしょうか」と店長が丁寧に説明するが、女は引き下がらない。
「それならここのお店で可能なかぎり短くしてちょうだい。それとも何、きちんと料金を払って
文句ひとつ言わない客を、連日来たというだけで追い返せる決まりでも、この店にはあるの?」
女は声も荒げず、いたって落ち着いている。それだけに余計始末が悪い。店長と相談した。
「もういっそスキンヘッドにしちまうか。そうすりゃ来たくても来られないだろ」と店長。なんかヤケクソ気味だ。
後で苦情を言わないこと、これ以上短くは出来ないのでしばらくは来店しないこと、
この二点を何度も確認し、女の頭にバリカンを当てる。
頭頂の髪の毛を剃り落としていると、つむじのあたりに何か傷跡のようなものが見えてきた。
そしてその形をはっきりと認識したとたん、おれは震えだした。
女が振り返り、「思い出した?」と言って歪んだ笑みを浮かべた。
【解説】
傷跡を見たときに震えだしたということは、
語り手は頭部に何かしらの大怪我をさせた。
一度にスキンヘッドにせず、
何回かに分けて行ったのは、
それまでに気づくかどうか試したかったのか、
それとも何度も来る嫌な客を植え付けて、
その理由を見せつけ恐怖に陥れたかったのか。
おそらくいきなり知るよりも
執着されてから理由を知った方が
恐怖感は強くなってしまうだろう。
この女の人の執着心と復讐心には恐れ入る。
会った時に女の人に気づかなかったのは、
その小さい頃に行ったからか、
もしくはトラウマになり記憶から遠ざけていたから。
もし、トラウマになるようなものであれば、
これからも語り手を苦しめていくことになるだろう。
自分の髪を捨ててでも行った復讐劇。
再認識することで復讐劇は終わりであろうが、
そのためにここまでする女の人はすごいだと思う。